124.腹パン防いで怒られる

「殴られたくなけりゃ、どけ」

「お断りです」

「そうかよ」


 おっと、突然の急展開だね。

ベルヌは多分僕を背に庇うシル様の動きを封じる意味でも、僕を近くに置いて歩きたいのかな?

雰囲気が緊迫し始めたぞ。


 て思ってたらベルヌが動いた。

シル様の首を目掛けて蹴りで上から横なぎするけど、シル様はこれを腕全体で受けて止める。


「ぐっ」

「今のお前に勝ち目はねえよ」


 呻いたシル様は傷に響いてるんだろうな。

かなりの激痛のはずなのに膝を着かないなんて、さすがだね。

だけどこれでベルヌの怪力で腹パンなんてされたら、さすがにまずい。


「シル様、引いて下さい」

「アリー嬢?!」

「っぶねぇ」


 僕はわざと獣人さん達の間に割り入る。

ベルヌは予想通り腹パン狙いのモーションに入ってたけど、僕の平らなお胸に当たる直前で拳を止めた。


 うわ、本当に危なかった。


 これから育つはずのお胸が潰れて育たなくなったら恨んでも恨みきれなかったに違いない。


「ちっ、なに····」

「何をしたかわかっているのか?!」


 後ろから少年の怒声がベルヌの苛立った声をかき消した。


 え、何で僕シル様に怒られてるの?!


 これには熊さんもビックリ····は、してない。

何かすっごく不機嫌かつ肯定的な顔つきなんだけど。

あれ、敵同士なのにそこは意気投合するの?!


 んーと、んーと、何で?

あ、僕が護衛対象だったから?


 僕はそろそろと振り返る。


 うわ、ものっすごく怒ってる。

お耳ピン、尻尾も心なしか膨らんでて全身で怒りを体現してる。


「もし何かあったら····」


 でもその言葉と共に苦しそうな、途方に暮れたお顔になってお耳も尻尾も項垂れちゃった。


「····ごめんなさい」


 とりあえず謝ろう。

ルド様に続いて僕にまで何かあったら、多分叱られるどころの話じゃないものね。

でもあのまま熊さんの腹パンを受けてたら、多分死んじゃってたんだよ?

もちろんそんなの口には出さないけどさ。


 このままだと真面目で実直なシル様がまた危なくなっちゃいそう。

僕はくるりと振り向くと、両手をベルヌに差し出す。


「あ?」

「アリー嬢?」


 厳つい熊耳さんのキョトン顔····ありだね。


「抱っこ。

もう歩けないの」


 そう、現在進行形で僕の足はガクブルしてる。

もうね、どのみちいたいけでか弱い深窓の令嬢は体力が限界なんだよ。


「それなら私が····」

「よっと。

何だ、嬢ちゃん軽すぎだろう」

「おい!」

「シル様は護衛でしょう?

両手が塞がって傷の痛みで咄嗟に動けないのはダメだと思うの。

どのみちどうあってもひょろ長さんの所には行く事になるだろうし、もう少し温かい所に行けるならその方が私にとっても良いもの」

「それは····」


 もう、真面目なのもいいけどちゃんと状況考えて?

こんな寒くて暗い場所で危ない人達と一緒にいると体力だけじゃなくて精神的な何かも削られるんだよ?


「なるほど、違いねえ。

それに今のお前が俺とやり合ってもひでえ怪我を無駄にするだけで、この嬢ちゃんは隙を見て逃げ出すのだって今はできねえよ」

「····バレちゃった?」

「バレバレだ。

こんだけ熱高くて体が震えてりゃな。

楽にしてもたれてろ。

呼吸も無理に装わなくていい」

「····ありがとう」


 もうバレてるなら····いい、よね。


「っはあ····はあ、はあ····」


 僕は一気に息を吐き捨てては吸い、また吐いては大きく吸う。

無理に抑えて普通に見せかけてた呼吸を止めた事で、息苦しい胸の重さが和らぐ。

背中をぽんぽんする大きい手は人拐いと思えないほど優しかった。


 僕はおっきくて広い、硬さのあるお胸に顔を埋めてとにかく息をする。

ふと胸元からアロマの香りがするけど、多分僕の渡したあのハンカチかな。

こんなところでリラックス効果を発揮するとは思わなかったよ。


「アリー嬢、そんな状態で今までどうして····」

「嬢ちゃんはお前を助けたかったし、無駄に傷つけさせたくはねえんだろう」

「しかし····」


 熊さんはしゃあねえなあ、とため息を1つ吐いた。

 

「少なくとも俺が嬢ちゃんを抱っこしてる間だけは嬢ちゃんを守ってやる。

嬢ちゃんも、ゲドの所につくまではルーベンスが仕掛けて来ねえ限りルーベンスを害さねえし、嬢ちゃんを下ろすまでは少なくとも不意打ちの攻撃もしねえ。

ベルヌ=アルディージャの名にかけて誓ってやる。

ほら、お前はさっさとついて来い」


 僕は熊さんの服をギュッと握りながら、コクコクと頷いた。

呼吸が荒くなってて声を出せない。

喉の奥からは喘鳴音でヒューヒューと鳴っている。


 ベルヌはいい子だと僕の頭を撫でるとシル様を待つ素振りを見せずにスタスタと歩く。

シル様も今度は素直についてきた。


 熊さんは子供好き?

とりあえず僕はほっと安堵した。


 しばらく洞窟を歩くと明るい光の灯る大きめの部屋、というか岩壁に開けただろう洞穴に辿り着いた。


「ようこそ、グレイン····それはどういう事です、ベルヌ?

まさかジルコが····」


 最初は満面の笑顔で出迎えてたけど、弱って抱っこされる僕の様子に眉をひそめるひょろ長さん。


「いや、むしろジルコがやられてたぞ。

嬢ちゃんのは体調不良だが、発端はお前の作ったあの魔具だっつったろう」

「うっ、まさか魔力がない貴女が引っかかるなんて思いませんでしたからね」


 申し訳なさそうな顔で近づいて僕の首や脈を見る。

でも目は物凄く好奇心を主張してる。


「熱が高いし震えていますね」


 パチンと指を鳴らすと温風が僕を包んでくれた。


「暖かい····シル様にも、して?」

「アリー嬢、私の事は····」

「かまいませんよ」


 辞退しようとするシル様を無視してニコニコと人好きのする笑みでパチリとやってくれる。


「ありがとう」

「いえいえ。

それよりも間違いなく死ぬと聞いていたんですが、何故あなたが生きて立ってるんでしょう?」


 ひょろ長さんは好奇心に目を輝かせる。


「さあな。

気がついたら血が止まっていたが、恐らくルドルフ殿下が何かしてくれたんだろう」


 シル様の言葉にひょろ長さんは目を丸くした。


「おや?

拘束をつけていたのに、それは是非ともお話を····」

「あいつは嬢ちゃん達を置いて逃げたぞ」

「ん?」

「だから逃げたんだよ。

俺が行った時にはもう牢にいなかった」

「おやおや?

どうやって?

念の為にあの牢では拘束が解けても魔法を使えないように細工してあったんですがねえ」


 そう言って僕の頭の先から爪先まで舐めるように観察する。

顔は笑ってるのに目は笑わないとか、怖いね。


「ふむ」


 手を伸ばして僕のポケットに手を入れる。

けれど彼には魔具は発動しない。


「空振りですね」

「そこはもう俺が調べてある」

「むう····淑女のポッケに手を入れるのマナー違反」

「ふふふ、申し訳ありません」


 ひょろ長さんは両手を降参するみたいに上げて謝った。

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