第76話 実は自分が一番の“M”ではないか?
自分でやっておきながらなんだが・・・あまりの光景にしばし静観。
(血が噴水のようにって、比喩かと思ってた・・・。)
自分で解体出来るようになったお陰か、割と冷静な感想が込み上げてきた。
牙猪は血を噴き出しながら、突っ込んできた流れのまま事切れて、顔からスライディングをかましていた。
(なんか、思ってたより動けたな・・・。久しぶりだからもっとまごつくかと思ったけど、これ“あの時”より冴えてんじゃね?)
都合ドールさんとの訓練以来の戦闘だったが、感覚的にいえばその時以上にスムーズに動けている様な感じがした。
・・・まあ実際のところは分からないが、とりあえず所見は後回しにし、“これ”をどうするか考える。
(・・・“前”のでもあんなに苦労したのに、これを持って帰れるのか?・・・)
軽く眩暈を覚えながらも、これを狩りに来たのだからと自分に言い聞かせる。
ここで軽く解体し、多少捨て置くという手もあるが・・・というか、普通の冒険者だとそれが当たり前なのだが、根が貧乏性なのでそれも簡単に是とは出来ないのが困った所以。
なにより、これだけの“大物”を子供たちに見せた時の興奮する様を見てみたいというのが本音。
なので今日も今日とて自分を酷使する決断をする。
・・・実は自分が一番の“M”ではないか?と思う今日この頃・・・。
血抜きはもう出来ているので、あとは運び易い様に持って来た紐を何重にもして前足同士、後足同士で結ぶ。腹側から背負う様にその結んだ各々の足の間に手を通しリュックの様に背負いこむと、腰をやってしまわない様に下半身で持ち上げる様に立ち上がった。
(・・・提がったな・・・というかこれ・・・人が持てていい重さじゃないよな・・・)
地球はおろか、人間というカテゴリからもフェイドアウトしつつある事に片頬が引きつってしまう。
ともあれ、お陰でこんな大物を持って帰れるのだから文句ばかりも言ってられない。
如何ともし難い気持ちのまま、ゆっくりとだが帰路についた。
今回は特に依頼を受けている訳ではないので、ギルドへは行かずそのまま孤児院へと向かった。道中は運ぶのももちろんだが、それよりも人目を引いてしまう方が大変だった。
ただでさえデカイ獲物を担いでいるのに、どうやら返り血を思ったより浴びていたらしく、牙猪で集めた衆目の後、俺を見た人達から軽い悲鳴を頂戴していた。
やっとの事、孤児院へと帰って来て牙猪を降ろし一休みしていると、
『マサルさん!帰られた・・・だ、大丈夫ですか!?』
血塗れの俺をみて、悲鳴混じりの声で安否を問うオリビアさん。
『戻りました。大丈夫ですよ、これは返り血で俺はどこもケガしてませんから。』
『そ、そうなんですか!?良かった。
こんなに大きな魔物は初めて見たもので、てっきり大怪我でもされたのかと、心配してしまいましたよ。』
(こう見えて割と低いランクだったはずだけど、町からあまり出ない人からしたら、やっぱり見慣れない大きさなんだな・・・。)
『今日は豪勢な夕食にしようと張り切ってしまいまして、思いのほか大物が獲れました。』
『今日・・・マサルさん、では明日には・・・』
『はい、長い間お世話になりましたが、畑の方もやれるだけの事は出来ましたので、明日にはここを出ようかと思っています。』
ギルドの依頼で、護衛や人足など対人にて依頼達成の可否を求める場合、受注の際に割符をギルドから渡さる。その片割れは依頼者が持ち、割符の照合で受注確認をしたり、達成時にはその割符を依頼者から渡され、一致した割符を達成証明としてギルドに提出する事で完了出来る仕組みになっていた。
俺は既に割符をオリビアさんから渡されていたのだ。
あれは俺がここへ来てまだ1ヶ月も経っていない頃、畑の拡張という意味では既にその頃には一通り鍬は入っていた。
だが元が荒れ地の為、不純物の撤去と土作りが出来ていなければ完了ではないと“俺が”突っぱねていたのだが、そこは頑固なオリビアさん。そこでも一切の折れを見せず、最後は結局割符は受け取るが俺が納得いくまでは自主延長というカタチで収まったのだ。
そしてその時が来たと・・・
『いえ、私どもこそお世話になってばかりで、なんとお礼を言っていいか・・・。
マサルさんは、間違いなく私やあの子達の命の恩人でいらっしゃいますから・・・。』
優しく微笑みながらそういうオリビアさんは、まさしく聖母のように慈愛に満ちた表情で、全てを包み込む様にこちらを見つめていた。
初めて会った時の透き通る様な白さの、まるで美術品の様な美しさも良かったが、今の血が通った聖母の様な美しさの方が、より身近に感じられて好感が持てた。
ゆえに、
『そ、そ、そんな大袈裟な!お、お、俺はべ、べ、別にあた、あた、あた、当たり前のこと、と、をしたま、ま、までですか、から!』
途端に緊張から呂律が回らなくなってしまった・・・。
・・・きっと、あの世紀末を生き抜いた一子相伝の彼も、緊張から「アタッ!アタッ!」言っていたのだと、真理を悟ったのだった・・・。
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