第72話 エゴで結構!偽善で上等!
オリビアさんに連れられて着いたのは、教会に隣接した建物の裏手にあるこぢんまりとした家庭菜園で、この隣接した建物が孤児院の様だった。
『こちらの畑を拡張するお手伝いをお願いしたいのですが・・・。』
言われてその“畑”を探す・・・。まあ多分間違いなくこの家庭菜園の事なのだろうが、では拡張とはどれ程の事を指しているのか・・・。周りを見渡せば、町の外れに位置するこの場所は外壁に近くて石や岩も多く、10mもすれば壁に当たってしまう距離だった。
『拡張とは・・・。』
少しイヤな予感を感じつつも聞いてみると、
『こちらの教会と孤児院の裏から外壁までなんですが・・・。』
不安は見事的中し、現実のモノとなる。概算建物の横幅は両棟合わせて20mほど。
それに壁までの距離がおよそ10m。計200㎡、即ち60坪ほどの範囲である。
現状、“畑”と呼ばれていたモノは、およそ4m四方の計16㎡。即ち5坪ほどなので、つまり12倍の範囲を開墾しようという事だ。
確かに女性1人の身には余る仕事量だろう。おまけに石や岩も混ざっており、土壌作りだけでも相当苦労しそうで、とても1日で終わる作業で無い事は明白だった。・・・これを大銅貨5枚で引き受ける冒険者など、それはいない筈である・・・。
何も反応しない俺に対し、
『・・・やはり受注は取り消しでしょうか?』
過去にもキャンセルをされた事があるのか、不安そうで、そして悲しそうな表情で問い掛けるオリビアさん。
冒険者としても、1度受注した依頼を簡単にキャンセルなど当然出来る訳も無い。
ペナルティや罰金など当然あるのだが、それを差し引いてもキャンセルの方が得だったのだろう。何せこういった“町中”依頼を受けるのは、俺と同じ様な低ランクの冒険者ばかりなのだ。
俺は運良く牙猪や採取のプラス査定により多少懐に余裕があるが、通常の冒険者であればその日のメシ代や宿代でさえ怪しい。低報酬に加え、拘束期間も長いとなれば“損切り”を考えるは当然だろう。
・・・だが、そう。俺は “多少”懐に余裕があるのだ。数日収入が無くても何とかなるし、
(やらない善より、やる偽善か・・・平和な日本人特有のエゴ・・・人種は関係無いか・・・俺がそうだったというだけ・・・。)
まるで、今にも泣き出してしまいそうなオリビアさんを、安心させるため声を掛けようとしたら、
『おねーちゃん、お腹すいたー!』
『もう我慢できないー!』
『今日は・・・食べれる?』
孤児院の中からわらわらと子供達が出て来た。
良く見れば、どの子も日本にいた時には見た事も無いほど痩せていて、明らかに栄養が足りて無い様に感じ、みな思い思いにオリビアさんに喋り掛けるが、そのどれもが“空腹”を伝えるものばかりだった。
『みんなごめんね、もう少しだけ待ってね』
そう子供たちを諭すオリビアさんも、良く見れば白い透き通る様な肌は、彼女もまたロクに食べ物を食べていない所為で血色が悪かった故の事だったようだ。
俺は小声でオリビアさんに聞いた。
『不躾な話を申し訳ありません。見たところ食糧でお困りの様ですが、どこかに当てでも・・・』
するとオリビアさんはその瞳を一瞬揺らし、顔を伏せ小さく首を振った。
(・・・何てタイミングだよ・・・。
・・・逆だな・・・グッドタイミングだったと言うべきか・・・。)
この状況では、あと数日でも来るのが遅れていたら最悪の事態もあり得ただろう。そう思うと背筋に冷たいものが伝った。
地球にもこれ位の境遇の人は、ごまんと居たんだと思う。ただ自分が気付かない振りをしていただけで・・・。
しかし自分の目で見てしまったのだ・・・
(エゴで結構!偽善で上等!やらずに後悔だけは無い!)
何の伝手も無い世界に1人投げ出され、今日まで生きてこれたのは間違いなく、この世界の人に助けられてきたから・・・。
『オリビアさん、依頼は受けますよ。食糧も俺が何とかします。だから待っていてください。』
そう告げると、俺は全速力で走り出したのだった・・・。
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