第68話 は、初めてじゃないんですか?
ひと悶着から暫し、夕方の鐘の音も落ち着いてきた頃、並んでいた冒険者の行列も鳴りを潜め、今は隣の酒場の方が騒がしくなっていた。
そういえばあの後、残っていた牙猪分の清算もして貰った。
締めて、大銀貨4枚と銀貨5枚 也
結構な額になりホクホクです、はい。
やはり丸ごとの威力は半端なく、頑張った甲斐もあったというものだ。
これで暫くは明日の飯の心配をしなくで済みそうで何よりである。
今はジャルタさんの居た買い取りカウンターで、ノエルさんの仕事終わりを待たせて貰っている。こちらも冒険者の姿は既になく、ジャルタさんを含め解体員の人たちも先程上がっていった。
周囲の注目を集めてしまったので中でそのまま待つのは憚られたのだ・・・自分の所為なのだが・・・。
そんなこんなしていたら、仕事が終わったのかノエルさんが小走りにやって来た。
『はぁ、はぁ、お待たせしました。すみません中々片付かなくて。』
『いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ急かしてしまったみたいで、すみませんでした。』
『そ、それで、これから ど、どうするんですか?』
『前に紹介して頂いた宿屋に行こうと思います。』
『や、宿屋ですか!?い、いきなりそんな・・・』
『?大丈夫ですよ、きっと喜んで貰えますから!』
『そ、そんな、喜ばせるなんて!マ、マサルさんは、は、初めてじゃないんですか?』
『え?え、えぇ、結構・・・します・・・ね・・・?』
『け、結構ですか!?そうですか・・・結構・・・。』
『と、とりあえず行きましょうか。』
『は、はいっ!』
(・・・なにか違う気がするが・・・ま、いっか。)
辺りは暗く良くは見えないが、それでも顔を紅潮させモジモジしているくらいは分かるノエルさんを連れ、俺たちはパーチへと向かった。
『着きましたよ。』
『ひゃいっ!』
『だ、大丈夫ですか?』
『は、はい!だ、大丈夫です、はい。』
全然大丈夫そうに見えないノエルさんは、既に緊張のドピークにあるのか顔が今までに見た事が無いくらい赤くなっていた。
『じゃ、じゃあ中に入りますか。』
『ちょ、ちょっと待って下さいね。
スーハー、スーハー・・・はい、もう大丈夫です。行きましょう。』
決意に満ちた表情のノエルさんを連れ中へと入った。
向かう先は、部屋・・・ではなく食堂へと向かう。
中に入ると夕食時という事もあり客が多かったが、1卓だけ空いている席があるのでそこに座る。これがランバルさんにお願いしていた事の一つ。そして、
『あ、あの・・・食堂でなにを・・・。』
『いま用意して来るので、少し待っていて下さい。』
理解の追付いていないノエルさんを残し、厨房へと向かう。中に入ると準備していた鍋を、忙しいにも拘らずランバルさんが面倒を見てくれていた。
『すみません、遅くなりました。』
『ああ、お帰り、鍋の方はもう出来ているみたいだよ。それにしても良い匂いだね。』
俺がお詫びとして用意していたのは料理だった。ジャルタさんからの提案はズバリ
「美味いもんでも食わせとけ!」だった。
そこでちょうど手に入れた牙猪の肉があったので、これはと思い鑑定した結果がこれ
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名称:牙猪の肉
説明:食肉。脂が甘くとろける。赤身はしっとりし、旨味が強い。
状態:新鮮。要加熱
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これを見た瞬間やるしかないと思ったのだ。
だが調理器具も無く、調味料も少ない中で出来る料理は限られていた為、ランバルさんに協力して貰った次第。
食堂で出る野菜クズを貰い、買って来た干したキノコなどと一緒に煮込み出汁を取る。いわゆる“ベジブロス”というやつである。
出汁の概念がこの世界ではまだ無い様で、これがランバルさんが「面白そう!」と乗ってくれた理由だった。料理を介し、かなり打ち解けられたと思う。
丁寧に取ったこの出汁に、食べる用の野菜と肉を入れ煮込んだ洋風ボタン鍋と、あとは今から牙猪のステーキを焼けば完成だ。
このステーキ、焼くのに分厚い鉄板を使いたかったので、ランバルさんに相談したが流石にそれは無かった。
それならばと、鍛冶屋のヴィルドさんに相談したら、スクラップにした武器を再成形したインゴット・・・と呼ぶには歪だが、丁度それらしい形の物があったのでお願いして譲ってもらったのだ。
・・・帰り際、ヴィルドさんの俺を見る目が、残念な人を見る様な目になっていたのが少し気になったが・・・
戻って、
充分に熱した鉄板に牙猪の脂身を塗り、塩を振った肉をのせる。置いた瞬間から肉の焼ける匂いと音が厨房に広がっていく。焼き面から2mmほど焼き色が付いたら裏返し、火から鉄板を離す。あとは蓋をしてそのまま暫し待つと完成だ。
出来上がった料理を持ってノエルさんの元へと向かうのだった。
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