第59話 ・・・大きいですね
(さて、どうしたものか・・・。)
俺はいま、未曽有の問題に直面している。
命からがら仕留める事が出来た牙猪についてだ。
突然の事と久々の狩りで特有の興奮状態だったのが落ち着き、冷静になって改めて“それ”を見て途方に暮れてしまう。
(軽トラほどの大きさの体躯 VS 10歳の男子・・・筋肉○付のトラック引きかよ・・・いや、あれは3トン車だったか?・・・そう考えればまだマシか・・・?)
たぶん魔物である以上、討伐依頼もあるだろう。それなら討伐証明の部位提出などの措置が、この世界にも適用されている可能性が予想できる。
いくら体力に自信がある冒険者といえど、まさかこの巨体を毎回運んでの討伐証明はさすがに無いだろう。
だが今回は討伐目的ではなく折角狩ったのだ、余さず持って帰れるのであればそれが良い。
金になりそうな素材をみすみす捨てて行くのも嫌だし、それにキャベルで食べたイノシシでも相当美味かったのだ、牙猪の肉もきっと美味いに違いない。
題して、「素材を売ってウハウハ、肉を食べてウマウマ作戦」である・・・猪だけど。
まあ作戦と言っても力技以外無いんだけど・・・。
(じゃあ、いっちょ試してみるか。)
牙猪に近づき、しゃがみ込んで掴む。いい具合のトコロを探りつつバランスを保って“持ち上げて”みる。膝を伸ばすのに合わせて巨体も浮く。イケそうな気はしていたが実際出来ると自分に引く・・・。
(まさかホントに持ち上がるとは・・・“身体強化”っぱねえわ・・・。)
だが流石に重い。例えるならバーベルを持ち上げている様な感覚・・・持ち上がりはするが歩く事は出来ない感じ。
(背負ってくのもしんどいわあ・・・しゃーない。)
一旦降ろし、手荷物から採取用で用意していた縄を取出して何本か束ね、牙へとくくりつける。伸ばした反対側の縄を持ち引っぱってみると、やはり重いは重いが休憩が出来る分ゆっくりならまだイケそうな感じがした。
縄の具合や縛った部分を確認し問題無さそうだったので、もうこれで帰る事に決めた。
一応、血抜きはしているので匂いに釣られて他の魔物に遭遇したらかなわんし、肝心の肉が傷んでいたらそれこそもっとつまらない事になってしまうので撤収を急ぐ。
牙猪を引き摺りながら森を抜ける。帰ったら食べられると思うと自然と力が湧いてきた。
やはり人も動物なのだ、欲の前では重いだ軽いだなど瑣末な事なのだと実感したのだった。
体感で行きの倍以上の時間を掛け、やっとの事で門にまで辿り着いた。
『おお!牙猪か!遠目じゃ何だか分からなかったが、また立派なのを獲ってきたな!』
カルスさんが声を掛けてきた。
『もっ、もどりました。はっ、はっ、はぁー死ぬー。』
やっと町にまで辿り着き、息も切れ切れに帰還の挨拶。
『ああ、おかえりマサル。これを一人で仕留めたのか?』
『ふぅーっ。はい、たまたま遭遇してしまして。』
『凄いじゃないか!こいつはE級の魔物だぞ!マサルも怪我らしいものも見当たらないし、まだ登録したてでF級だろ?格上相手に完勝とは中々やるじゃないか!』
(あれでE級だったのか・・・。結果だけ見ればそうだが・・・やっぱり実戦が確実に足りてないな・・・。)
疲れと目立ちたく無いのとで適当に愛想笑いを返すに止め早々に立ち去る。
ギルドに到着し、さすがにこのまま乗り込む訳にもいかないので猪を路駐し自分だけ中に入る。
昼はもう過ぎたあたりだと思われるが、食堂側では既に酒盛りが始まっている所もある。
ギルド側は受付業務の波は終わっており、まばらに冒険者がいるだけだった。
受付にいるノエルさんを見つけ声を掛ける。
『ノエルさん、戻りました。』
『あ、マサルさん!戻られたんですね。遅いので心配していたんですよ?』
普通の冒険者であれば1日作業の筈だが、ノエルさんの中で俺は大分出来る男になっている様だ。
苦笑いを浮かべ、事の顛末を簡単に説明する。すると、
『えっ?牙猪を弓で・・・ですか?』
『は、はい。う、運が良かったんですね!』
嫌な予感しかしないので適当に言っとく。
『・・・いえ、運とかそういう問題ですか?』
『そういう問題です!』キリッ
『・・・はぁ、分かりました。じゃあここで受ける訳にもいきませんので外を回って来て頂けますか?』
大きいものや数が多いものは、また別のカウンターで納入するらしい。教えて貰った通り猪を引き摺りながら建物の外回りを行くとすぐに見つけた。ノエルさんは既にスタンバイ状態。
『すみません、おまたせしました。』
『い、いえ・・・大丈夫・・・ですよ・・・。』
ノエルさんの目は牙猪に釘付けで、まさに唖然としていた。
『そ、それより、大きいですね・・・』
・・・何か妙に照れる・・・。
女の子に「大きいですね」と言われて嬉しくない男などいないだろう。
ここに俺の「思い出記憶:永久保存版」へと保管された事を追記しておく。
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