第50話 え?Mの人なの?

『遅いぞク○虫ども!』



 俺は・・・俺達は今、町の外周を走らされていた。後ろには木剣を持った鬼が追い掛けて、容赦無く俺達を駆り立てていた。



『こんなもんで音を上げる様なら冒険者など諦めて、さっさと村に帰ってママのおっ○いでも吸ってろ!』



『サー、帰りません!サー!』



 最後尾を走る冒険者は罵声を浴びせられ、それでも必死に食らいついて来る。

 俺はというと、早々に脚力強化のスキルを使いその少し前を走っていた。

 ただ、このスキルは走りに関しては根本的にスタミナを上げている訳では無いので、そろそろヤバい・・・。



『ク○虫ども訓練場に帰るぞ!』



『『『サー、イエッサー!』』』



 走り込みが終わり、訓練場へと戻って来たと思ったらそのままドールさん相手に乱取りが始まった。

 各々が木製の武器を持ちドールさんへ向かって行く。

 俺も訓練場に備え付けられた木剣から手頃なのを見繕い、ドールさんへと斬り掛かっていく。



『なんだその負抜けた攻撃は!お前なんぞママどころかオヤジの臭いミルクの中からやり直して来い!』



(このヤロッ!)



 何とか一発でもと必死に剣を振るうが、半身ズラされ躱されたり、受け流されたり、弾かれたりと、まるで掠りもしなかった。それどころか此方が1回攻撃する間に何度も反撃を食らってしまう。



『このチ○カスが!そんな振りが当たるか!』



『サ、サー、イエッサー』



 苦痛に顔が歪む。



 俺達と同じだけ町の外周を走り込み、休憩も取らず俺達の相手を絶え間なく続けているのに、息一つ乱していないドールさんに、驚きを越し戦慄を覚える。



 俺と一緒に訓練を受けている他の冒険者も、俺程では無いがどれも相手になっていなかった。見た目も若そうで、訓練を受けている感じで彼らも駆け出しなのだろうと思う。

 ただ驚きなのは俺以外の5人の内、2人は女の子だったのだ。このセクハラとパワハラのオンパレードの中を泣き言も言わず、果敢にも向かって行く姿にこちらも負けていられない気持ちになる。



『おら!よそ見とは余裕じゃないかこの○ジ虫が!』



 ――ドカッ!



『サ、サー、イエッサー』



 よそ見の所為でモロに食らってしまった。

 痛すぎて息が吸えない・・・すると丁度、夕方の鐘が鳴った。



『ん?時間か。お前たちこいつを部屋に案内してやれ。』



『『『サー、イエッサー!』』』



 そう言ってドールさんは何処かへ行ってしまった。



『おい、大丈夫か?肩貸してやるから立てるか?』



 そう言って、冒険者の1人が俺の脇に頭を通し、立たせてくれる。



『あ、ありがと。』



『気にすんな!それよりお前まだ小さいくせに中々やるな!』



 そんな事を言われながらギルドの建物にある部屋へと連れて行かれた。




 部屋に着くと、女の子の1人が桶に水を汲んで来てくれて、塗らした布を打たれた所に当てて冷やしてくれた。



『ありがとう。』



 俺の言葉に女の子は笑顔を返してくれる。自分も相当打たれていただろうに、俺の手当てをしてくれていた。すると、先ほど肩を貸してくれた男の子が、



『まずは自己紹介だな。俺の名前はカイル、よろしくな!で、今お前の手当てをしてるのが妹のロレインだ。』



『はじめまして、ロレインです。』



『俺の名前はマサル、よろしく。』



『で、こっちの小さいのがヤーマンで、反対にデカイのがバインツ。でこっちの――』



『私は自分で出来るわ。私の名前はフィルニス、よろしくね。』



『俺も自分で出来るぞ!何だよ小さいのって!』



『よろしくなー。』



 カイルと言った青年は快活かつ爽やかな印象で、顔もイケメン。率先して動く辺り、みんなのリーダー的位置なのだろうか。その妹のロレインはタレ目が印象的な可愛らしい女の子で、カイルの紹介を遮り、自分で名乗ったのがもう一人の女の子でフィルニス。長身のカイルには劣るがそれに次ぐ長身の美少女だった。

 小さいと紹介されたヤーマンは、確かにみんなより頭一つ分は小さくキャンキャン騒ぐ姿は子犬の様だった。反対にデカイと紹介されたバインツは先ほどの外周訓練で最後尾を走っていた彼だ。戦闘訓練では盾を使い勇猛に突っ込んでいた印象とは裏腹に、今はとても温厚そうな雰囲気を出していた。



『よろしく。みんな知り合いなのか?』



『ああ、俺たちはこの町の東にある“コーク”って村から一緒に出て来たんだ。みんな幼馴染なんだよ。』



『そうだったのか。みんなで冒険者になるなんて仲が良いんだな。』



『まあ・・・な。お前こそ俺たちより明らかに年下だろ?その年で冒険者になろうなんてスゲーよ!』



『まあ成り行きで・・・。それよりあの訓練について何か知ってるか?』



 カイルも少し変だったが、自分に返って来そうだったので早々に切り、気になっていた事を確かめる。



『ドールさんの訓練の事か?この辺では割と有名だと思うけど、そんなに遠い所から来たのか?』



『い、いや・・・まあ・・・。』



 適当に濁しながら、



(いやいや!有名なら誰か教えといてよ!っつうか、こいつら“あれ”を分かってて受けてんの?

え?Mの人なの?)



 などと失礼な事を考えつつ、



『じゃ、じゃあ俺はそろそろ動ける様になったし、帰ろうかな・・・。』



 付き合いきれん、と撤退をしようとするがカイルが、



『いや、帰れないぞ。』



『へ?』



『訓練は1ヶ月間ギルドに泊まり込みで、その間の外出や外泊は禁止だからな。』





『いや、俺はそんなもの受けたつもりは・・・


「分りました。おねが・・・」・・・


「そうか!やってみるか!」・・・。


 ・・・。』





 俺は膝から崩れ落ち、両手を着いて思った・・・





 ・・・数時間前の自分をぶん殴ってやりたい、と・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る