第27話 二人の間を沈黙だけが流れていく
帰りの道すがら名称こそ出さないものの、かの香辛料について簡単にお話した。
ガブスさんからすれば見た事も聞いた事も無い香辛料に、いったい如何程の価値が有ろうか分かる筈も無いのは道理な訳で、話が終わると、
『うーん。国で管理し情報統制までして秘密にする程のもの・・・なのか?』
その価値が分からなければそんなものだろう。
・・・時代が違えば俺があの20世紀最高の芸術家に代わっていたかもしれないのだ・・・似てるんだよなータッチが。俺が子供の頃 描いた絵に・・・。
戻って、
『それには俺も驚きました。ただ美味しいものを食べられたらと思っただけだったんですが・・・。』
『マサルの作る不思議な料理には毎度驚かされっぱなしだな!』
そう言って笑うガブスさんに苦笑いを返しながら、罪悪感と嬉しさが込み上げる。
今回の件はヘタをすれば自身の命や最悪 村人にまで手が回っていたかもしれない事を考えれば、村の代表としては看過出来ない事態でもあっただろうに、それでもこうして笑いかけてくれる懐の深さと暖かさに、言葉にし難い思いに駆られるのであった。
翌朝起きて本日の予定を、と考えているとガブスさんが、
『マサル、今日は狩りに行くのか?』
『いえ。今日は・・・イエールさんとも約束はしていないので畑を手伝おうかと思います。』
『じゃあ今日は昨日お願いされた文字の勉強をするとしようか?』
『良いんですか?』
『ああ。と言っても畑で作業もあるし、そもそも書くモノも無いから向こうで地面を使って練習して貰うしか無いがな。』
ちょっと悪戯っぽく苦笑いをするガブスさんにこちらも笑みを返しながら異世界文字の授業が決まったのだった。
畑に着きまずは手始めにと、自分の名前を練習する事になった。見本としてガブスさんが書いてくれた字を見て真似をしてみる。アラビア文字ほど分かり辛くは無いが、とりあえず何回も書いては消してを繰り返し覚える。続けて川や木といった簡単な名詞からファーガス王国やノリッジ辺境伯領といった長めの名称を教えて貰う。
簡単に一通り文字と意味を教えてもらったところで、違和感に気付く。
(・・・あれ?もっと大変なイメージだったけど、今のところ問題なく憶えていけてる?)
最近では芸能人の名前すら碌に覚えられず、46人だか48人いる人達なんかはぶっちゃけ全然わからない今日この頃。こんなにスルスル覚えられるのは予想外だった。
構成が日本語と同じく50音だったのは大きかったが、パターンが分かってからはさらに早く覚えられた。・・・これが若さか・・・今ならハングル文字もマスター出来るかも知れない・・・。
見本を書き終わって農作業に戻っていたガブスさんが様子を見に戻って来た。
『どうだい?何か分らないところは無いか?』
(・・・これは正直に言うべきか?いや、要らんゴタゴタを生むのもなあ・・・んー、もういいやホントの事いっちゃえ!)
『えーと。全部分ります。』
『・・・えっ?』
『書いてくれた字は、全部覚えました。』
『・・・全部?』
『全部。』
『思い出したんじゃなく?』
『えっ!?』
『えっ?』
一気に変な汗が出るのが分かった。
はい、またやりました。ありがとうございます。
(そうだったー、思い出したで良かったー。本当にイチから勉強したから、すっかり忘れとったー。)
二人の間を沈黙だけが流れていく。
唖然とするガブスさんに、
『ガブスさんの教え方が上手かったからですね!』
と、記憶勝負に何の理由にもなっていない理由をこじ付ける。すると、
『そ、そうか?まあこの村の子供たちに教えたのは全て私と言っても過言では無いからね!』
・・・チョロかった・・・。
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