第8話 一本ど真ん中勝負!!

 家に招かれ通されたのはダイニング的なところの様で、中に入るなり椅子を勧められた。家主であろうガブスさんは机の向こうでこちらに背を向け、飲み物を用意してくれているようだ。


 木で作られたコップを目の前に置かれ勧められる。

 下地がある為よく分らないが薄く色づいている様に見えるそれに口をつける。

 ぬるさの割に鼻に良く抜けるその香りは、とても爽やかで飲みやすく感じた。


 移動で溜まった疲れも幾分か癒されていると、ようやくという感じでガブスさんが口を開いた。



『さて、まずは森の調査報告を聞こうか。』



『はい。あの光が差していたと思われる付近を調べて来ましたが、特に変化は見られませんでした。』



『ん?何も変わりなかったのか?』



『はい。念のため少し範囲を広げて見て来ましたが何も。』



『そうか。・・・では彼は?』



『彼は調査のあと、立ち寄った川辺で会いました。聞けば一人であの光が差していた方から来たようで、詳しく話を聞こうとしましたが何も憶えていないみたいで、そのまま置いて帰る訳にもいかず連れて帰ってきました。それに・・・』



 これからどうなるのかと二人の会話を聞いていると、ふいにイエールさんが何かを言い淀みながらこちらに視線を向けてきた。


『・・・そうか。ご苦労様、ありがとう。』


 何故か少し陰りを感じさせながら返事を返すガブスさんも、イエールさんに労いの言葉を掛けつつ、こちらに顔を向け話し始めた。


『はじめまして。私はこの村の村長のガブスというものだ。君の名は?』


 一瞬、時空を越えたラブロマンスを思い出すもすぐ気を取り直し、何と答えたものかと考える。二人の名前から察するに、顔の通り洋風な名前が主流なのだろう。ファミリーネームの有無は実際のとこ、まだ分からないが名乗らなかったところを鑑みるにそういう事なのだろう。


(・・・穏便に済ますなら、それらしい名前を仮に名乗ってもいいし、記憶喪失推しでもいいが・・・)


 だが、俺が俺であるアイデンティティを俺自身が否定するのは・・・いや、そうじゃない。そんな小難しい事じゃなく、もっとシンプルに・・・


おれは親がつけた名前にドンと誇りを持つ!




 故に元々の名前・・・




『マサルです。』




 一本ど真ん中勝負!!




『マサル?あまり聞かない名だな。どこから来たんだ?』




 結果・・・不審がられる。

 ですよねー、そうなるよねー

 でも大丈夫、こうなることは最初からわかっていた。

 なのでこちらもこれに対し、お決まりのおこたえをする。




『なにも分りません。』




 はい。2度目の宝刀です。



 ぶっちゃけ未だに訳の分らない状況で、こちらのカードを早々に見せるのは時期尚早だと思う。問題ない事が分かってから問題ない範囲で切るべきだろう。


 半ば勝負に出た感があるがしょうがない。こちらも聞きたい事は山の様にあるが、ここで不審者扱いを受けて結果その所為でこの村を追い出されたとしても、問題の森からの脱出はとりあえずは出来たのだ。それならここは大人しく引き、他の人里の情報を聞き出すなりなんなりして、そちらに掛けてみてもいいのだから。・・・近くにあるかは知らんケド・・・あるよね?



(まあ問題の光とオレの因果関係はハッキリしていない以上、これなら少し変なヤツ程度の放逐で済みそうだし、アレコレ話して変に目を付けられても今のオレでは対処のしようがないしなー。)



 そんな事を考えていると、俺のこたえに黙っていたガブスさんが口を開いた。



『・・・うーん。そうか、分かった。』



(!?えっ!?わかったの!?いうても今の会話に理解の必要な内容はひとつも無かったよ!?)



 まさかの反応にこちらが驚いてしまう。


 対するガブスさんは何故かどこか決心した様な、それでいてどこか柔和な笑みをこぼし、優しく語りつづける。


『なにも分らないとなれば、これからどうすつもりだい?どこにも行く宛てが無いのならこの家でわたしと暮らしてみないか?もちろん君が良ければだが・・・。』




 続けてもたらされた突然の申し出に、しばし呆けて・・・あぁ、そうか・・・。

 何処ともしれないこの世界で、それでもこんな子供が誰の手助けもなく一人で生きていくのは些か厳しいのだろう・・・。




 よく分らない奇抜な格好をした子供・・・肝心なところは何一つ分らず唯一こたえたのは変な名前だけ・・・普通なら相手をするのさえ躊躇う人がほとんどだろ・・・適当に話してそのまま放り出しても誰も文句は言わないだろうに・・・こんなどこの馬の骨とも知れない奴に手を差し延べてくれるのか・・・。



 久しく触れていなかった人のやさしさに胸の奥が少し暖かくなった気がした。



(『そんなに緊張しなくてもいい。皆いい人ばかりだ。』)



 イエールさんの言葉を思い出す。



 あぁ、こんな訳の分らないトコで最初に出会えたのがこの人たちで良かった・・・。





『よろしくお願いします。』





 気づけば深々と頭を下げ、そう応えていた。




 こうしてオレは人生で初めて、初老のプロポーズを受け入れたのだった。

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