第5話 ―男には無理を承知で行くしかない。そんな瞬間があるのさ―
―尊厳死とは人間の尊厳を保ったまま死に臨むことである。―
が、それはともすれば肉体が死んだ時にこそ、その人間の尊厳の死を意味するのと同じではないだろうか?
つまり尊厳死と肉体の死は表裏一体なのだ。
少し冷たさを感じなくもない今も下腹部にはいている布に、大切な何かを無くした喪失感と罪悪感を感じながら、それは即ち生がある事実の上に存在する純然たる真実に気付いた。
つまり、
(オレ、イキテル。ノープロブレム!)
あっぶねーっ。危うくバッドエンディングに入る所だったー。
何故こんな能天気なことを考えていられるのかというと、―――時を戻そう。
川辺の茂みより出てきたのは人だった。年の頃は10代~20代前半くらいに見え、いわゆるフレンチ顔のイケメンだ。
こちとら30年以上ソース顔でやってきたのに、結局ソースとは言っても日本というカテゴリの中でしかないのかと、本物のイケメンをみて理不尽さを感じた。
だが違和感極まりない。完全な西洋人の顔でガッツリ日本語で話しかけられたのだ。
イントネーションの違いも感じられないその発語力は、某旅行サイトのCMに出てくるお姉ちゃん並に・・・いや、むしろそれ以上にペラペラかもしれない。
急な登場と もたらされた情報量の多さに、一瞬反応できずにいると・・・
『っ!?・・・一人か?親は近くにいるのか?』
??その青年はこちらに近づきながら続けて言葉を投げかけてきた。
粗野に聞こえる言葉にも、その表情と雰囲気からこちらを心配しているのが分かり、少し警戒心が緩む。どうしようかと迷いながらもようやく出会えた第一村人?なので、多少危険でも接触は必要だと思い返事を返す。
『一人です。親は・・・』
こんな森の中で子供一人とは向こうにも警戒されかねないが、ここで下手に親類がいると言ってしまえば、どこからどう来てどうしてこうなったと質問攻めにされるかもしれない。
未だ自分を取り巻く環境がどうなっているのか分らない状況で、上手く答えられない又は嘘吐いて、もしそれがバレた場合 相手に不信感を与え、最悪敵視されるかもしれない。・・・そんな状況だけは避けたかった。
つまり取れる選択肢はひとつ。伝家の宝刀・・・
『・・・何かよく思い出せません。』
記憶喪失である。
(まさか自分がこんなベタな手を使う羽目になろうとは・・・)
――男には無理を承知で行くしかない。そんな瞬間があるのさ――
さぁ賽は投げられた、もう行けるとこまで行くしかない。そんな覚悟を決めていると、
『さっきの光のせいか?いや、まだ関係あるとは限らないか・・・』
何やら独り言をこぼしている。イケメンは思案顔もイケメンですね。
『ずっとここにいたのか?』
イケメンがいう。
『いいえ。向こうの森から歩いて来ました。』
ソースが来た方向を指さし答える。
『!?あっちからか?』
イケメン驚く
イケメンの驚いた顔がそれでもイケメンな事実にソースが驚く。
とりあえず真面目に。
『はい。』
『俺はこの森の近くにあるキャベルっていう村のモンだ。さっき森にいきなり大きな光が差してちょっと騒ぎになってな、調査の為に来たんだ。丁度いまお前が指さした方だ。何か知らないか?』
(転生の副次効果か?気がつく前の話だよな。ここに来るまでにはそんな現象は無かったし・・・)
『わかりません。何も憶えていないので・・・』
本当に知らないし、とりあえずゴリ押し
『・・・そうか。お前、これからどこか行く宛てはあるのか?』
とイケメン
『いいえ。なにもありません。』
とソース
『じゃあ、とりあえずウチの村へ来い。それから色々思い出せばいい。』
とイケメン
!?やだ何このイケメン!中身までイケメンなの!?
ノンケでも一瞬揺らいだわぁー。
『はい。』
渡りに船とはこの事か、とか思いつつ言葉短めに返す。
→で、今ここ。
キャベル?って言ったっけ?そこへ向け絶賛イケメンをストーカー中。
周囲を警戒しながらというのもあるが、こちらの歩く速さに合わせて進んでくれているのが分かる。マジイケメン。
ただ後ろを付いていただけではない。色々考えていたが一番気になったのが自分の事である。
これでも世間ではいっぱしの大人だった。考えが多少足りないのは元からのスペックの所為だが、明らかにいつもの自分でない感じ。・・・もっというなら考え方というか落ち着きというか、社会人として培ってきた“年相応”みたいなものが薄くなっている様な感覚。
そこでふと思ったのがこの身体である。
“身体に精神が引っ張られる”とは聞いていたが、まさにそれだろう。
いつからか、この身体くらいの年頃に比べれば知識が増えメリットよりデメリット、今の楽よりその後の面倒くささ等、引き算的考えが主になってしまっていた。
あの頃はもっといまを大事に生きていた気がするのに・・・
もちろん良い思い出ばかりじゃないが、いま思い返せばいくらでもやり様はあっただろう。
それこそ30過ぎ並みの処世術があれば・・・
年甲斐もなくという程の年でもないが、少し胸がザワつくのを感じた。
それは何が起こるか分からない、これからへの憂慮だけではないだろう。
どことも知れない世界で不安より希望とまではいかないが、少し前向きな考えを持てる事は、ある種どんなスキルより重要なのかも知れない。
・・・そんな事を思いながらソースは会社員からイケメンのストーカーへと華麗にジョブチェンジしたのだった。
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