第3話 大人の矜持

 髪を揺らし頬をなでる空気とかすかに聞こえる鳥の鳴き声。

 背中に感じる硬さが徐々に意識を引き上げつられてまぶたを開けると


『知らないだ・・・』


 せめて建物の中なら使えた王道はあえなく失敗に終わった。割と自然に出た言葉に逆に自分で内心驚きつつ体を起こし周りを見回す。


 木や草が茂り見通すことは出来ないが差し込む木漏れ日のお陰かあまり暗さは感じない。背中に感じる硬さは木の根だったようだ。木々の隙間から見えた空はまだ明るく天気も良い。

 

 目線を落とし自身を確認するとその黒い服が最初に目に入る。

 喪服姿で森の中・・・

 なるほど環境は理解できたがやはり状況はいまだ理解できない事は理解できた。


 立ち上がり尻を払いながら現状を整理する。

 葬儀の後、家を出た時に急に眩しくなって目を開けたら白い世界にいてまた目を開けたら森の中。

(・・・これは・・・まさか??本当に?・・・)


 変わらず吹く風に聞こえる鳥の声。草の匂いまで感じてはこれが夢ではないのは確かだ。

 白い世界で感じたテンプレ感と最後に聞こえた声はここに至って確信になりつつあるがそれでも確証は持てない。ふと思い出しポケット探るが入れてあったはずの携帯やサイフはもちろん、ハンカチに至るまでなにも無かった。


(・・・いや、これラノベ的展開うんぬん以前に遭難じゃね?)

 別の意味でも焦りつつ、そもそもここがどこかも分らないがこのままここに居続けるのは流石にマズいと思い行動を開始する。

 とはいえどこへ向かえば良いか分からないのでとりあえずもう一度、今度は集中して周囲を観察する。


(あれ?何かさっきよりも遠くまで見えるような・・・ん?何か光った!?)

 違和感を感じつつも新たな発見にそちらの方が気になり、より集中してみるとその光は反射しているのか瞬いていることが分ると同時に先程には気付かなかった水の流れる音も聞こえてきた。


(水辺があるのか??)

 何の当てもなく動くよりかは幾分かマシだし、うまくいけば水を確保できるかもしれないのでこれに賭けてみようと思った。


 幾分か進んだ頃、ふと立ち止まり考える。

 もしここが地球であるなら、遭遇したとしても野生動物ぐらいだろうが仮に異世界だった場合、未知の生物の可能性が高いのではないかと・・・。

 地球ならこの状況の野生動物で脅威なのはクマ辺りだろうか?クマなら熊鈴みたいにこちらの存在をアピールしていればあちらが離れて行ってくれるが、仮に、万が一、異世界だった場合、逆に捕食者へのアピールになってしまうのではないか?


(うーーん。この異常な状況は後者だった場合の方がリスクが高そうな気がする・・・)

 そう結論付けると、先程より身をかがめ周囲を警戒しながらゆっくり進むことにした。


 体感でいえば1時間ぐらいであろうか、そろそろ集中力も限界を迎えつつある時に水の反射する光がはっきりと見えてきた。よりそちらに意識を集中させれば水の流れる音もしっかりと聞こえてきた。

 とりあえずではあるが一応の目的地が近いとわかり、はやる気持ちを抑え歩を進める。

 延々と続いていた先に見える木もある位置を境に途切れているのが見える。


(やっと着いたか・・・)

 水辺といえば人だけでなく生物であれば何れもが寄り集まってくる場所。

 幸か不幸かここまで特に生き物らしいものと遭遇せずにきたが、ここに来てより緊張感が増す。


 草陰より身をかがめながら様子を伺う。視線の先には聞こえてきた感じから予想通り川が流れていた。普通に見えるそれは特段変わった様子もなく、ゆっくりと流れるさまは清流と呼ぶのがしっくりきそうな雰囲気だ。対岸までは5~6mぐらいだろうか、そこまで大きくなく岸には角のとれた丸い石が転がっている。


 視線を川から外し周囲を警戒する。対岸から上流、下流へと移し最後に来た道を振り返り異変を探す。


(大丈夫そうか?)

 内心はすぐにでも飛び出したかった。なにせ長時間の緊張と移動ですでにノドはカラカラの限界状態。それでも理性を保てたのは大人としての矜持のおかげだろう。・・・別にビビっているわけでは断じてない。無いったらないのだ。

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