闇の眷属
封魔シルドロックを形成する魔力が解けて行く。薄く透明になっていくその身体の中心、そこにあの少年ルカの姿があった。
悪魔の身体が消えると、気を失っているのか身動きせず真っ逆さまに落ちてくる。
俺は空高く跳躍すると、ルカの身体を受け止め着地した。
「……軽いな」
スラムにいる者よりも身体が細い。あの体調の悪さは身体一杯に溜め込んでいた悪魔の魔力だけでは無かったか。満足な食事も与えられていなかったのだろう。
衰弱した身体で著しい魔法力の消耗。酷く危険な状態だ。
シルドロックが倒れたことで『封印』も消えたはず。あちらももう大丈夫だろう。俺はルカを医務室に運び休ませるとしよう。
あまり揺れの刺激を与えないように、しかし速やかにその場を後にするのだった。
「シルドロックが……倒れただと?」
最上階、ガラス壁から外の様子を見ていた男は唖然とした表情で固まっていた。
余程かの上級悪魔が倒されたのが堪えたのだろう。しかしそんな事を彼女が気にする訳がない。
「おーい、もういいか?いいよな?そんじゃあやるぞ」
カムイが動く。人間体とはいえ、上級の魔物であるカムイの一撃は人間にはひとたまりもない。咄嗟に召喚魔術により呼び出したレッサーデーモンを盾にするが、それをも貫いて男の腹に突き刺さった。
「ゴッ…!?」
「お前自身も大して強くなさそうだし、さっさと沈めるか」
男の頭へカムイの回し蹴りが炸裂する。頭へのダメージで意識が飛んだ男は、壁へと叩きつけられた衝撃で意識を覚醒した。
何が起こったかを理解できなかった彼は少しばかりボーッとしていたが、やがてハッキリと気がついたのか後ろ手に魔力を集中させた。
「ありゃりゃ。やっぱり人間の身体はまだ微調整が効かないな」
(油断……強者の余裕か。これは好都合だな。あの小僧はやられたが、こちらも保険は作っている)
手をグーパーと開け閉めしながら近づくカムイ。男は溜めた魔力を解き放った。
「上級召喚魔術『サモン・アークデーモン』!今一度、依代を得て顕現せよ!」
『!?』
(あの小僧程ではないが、奴の妹も中々上質な魔法力を持っていた。元は小僧への人質だったが、万一を考えて仕込んでおいたのは英断だったな。上級悪魔の依代としては充分……?)
解き放たれた魔力は効力を発揮せずその場で消散した。もう一度魔力を放つが、何も起こらない。
(召喚魔術が発動しない!?憑依が失敗した!あの石も取り込ませていた。魔力で割れ、上級悪魔召喚の触媒となるはずだ!だというのに、なぜ何も起こらない!?)
内心これ以上無いほどに焦る男。カムイは欠伸をしながら、ボソリと呟いた。
「ん、アイツもやれたみたいだな」
「なんだと…?何を、何をした!?」
「あー、言っちまうか?いや、別にいいか。これから捕えられる奴に言ってもしょうがないな」
クロエがさっさと終わらせようと男へ近づこうとすると、廊下へと繋がる壁の穴からひょっこりと魔物化したクロエが顔を出した。
「カムイー。終わったー?」
「っ!?魔物か!総員詠唱準備、戦闘態勢!」
クリスティーヌの一喝によりすぐさま短剣をしまい杖を構える団員たち。『封印』の力は消え、魔法を再び行使できるようになった彼らはなんとか平静を取り戻していた。
「あー待ってくれ。そのデカい犬はオレの仲間なんだ」
「仲間……君たちはいったい…?」
「さっきも言っただろ?オレたちはドラン……なんだっけクロエ?」
「ドラングル・エンドリーだよカムイ」
「そうそう。ドラングル・エンドリーと『愛玩の契約』ってのを結んだ魔物さ」
「要するにペットみたいなものだよ」
「ペットってのは認めてないからな」
軽い空気で会話するクロエとカムイ。その様子は少しばかり団員らの肩の力を抜かせた。
男はカムイと同程度の圧を放つクロエの登場に気押されるも、背に乗ったものを見咎めると狼狽しだした。
「そ、それは…!」
「んー?あ、この子?ドランに言われてね、邪魔しようとした人たちには眠ってもらってるよ」
クロエの背中で気を失っているのはルカによく似た少女。まさについ先程、上級悪魔憑依の宿主にせんとした者だ。
「ば、バカな。百歩譲ってあの暗殺者共を退けたとしても、内にある魔力をどうやって…!いやまず、どうやって見つけた!?」
「ドランがコレをくれたんだ」
クロエが頭を少し下げる。そこには赤い染みの着いた布切れが乗っていた。
「これには外で大暴れしてた男の子の血と匂い、そしてそれに宿った魔法力と魔力が着いてる。ボクたちは獣型の魔物だからね。捜索はお手の物だったんだー。まさか、ドランが人質がいるって気づいてるとは思わなかったけどね」
実際は違う。ルカの中にある魔力に気づいたドラングルは、敵の手の者ならば匂いと魔法力、そして魔力で敵の場所を突き止められると踏んでいただけ。まさかルカの妹が人質にとられ、さらには上級悪魔の替え玉になりそうになっていたなど露とも知らない。
「彼は……とんでもない魔物たちと契約を結んでいるのか。そしてここまで見抜くとは…」
「うむ……これは早急に騎士として取り立て、ドラングルの願いを叶えてやらなければならぬな」
「ふふん、ドラン凄いでしょ」
「お前が得意になってどうすんだ」
「いて、いったいなもう!叩かないでよ…」
森でもそうだが、本人のいない所で話はあらぬ方向へと進んでいく。
そんな軽くじゃれ合う彼女らを他所に、未だカムイから受けたダメージによって立ち上がれていない男は騎士団員に囲まれていた。
「もう後はないぞ!」
「神妙にお縄につけ!」
「…………そうだな」
男は観念したように肩を落とす。それを見た団員が近付こうとして……カムイに掴み止められた。
瞬間、団員の進もうとした先にレッサーデーモンが勢いよく着地。彼らへと牙を向く。
「……私が、ここで諦めるとでも。たとえ刺し違えてでも、帝王の首をとっでゲェッ!!?」
男の胸から腕が生える。いつの間にか少女を床に下ろしたクロエが人間体となり、凄まじい速さで男の背後へ回り腕で貫いたのだ。
「戦う意思も手段もあるなら、死んでもらうよ。並大抵の覚悟じゃないみたいだし、そういうのが一番面倒なんだよね」
クロエが腕を引き抜くと、男は前のめりに倒れた。天井や瓦礫に潜んでいたレッサーデーモンたちが悲鳴をあげながらバタバタと倒れ灰となっていく。男からの魔力供給が途絶え、現界を維持できなくなったのだろう。
男もまた、己を魔に属する者と言った通りに異様な散りざまを見せた。身体が黒く染まり、細かな灰のように散り散りになっていく。
そんな時、虚空から男のものと思われる声が響き渡った。
『くく、くはははは!私が、ここで終わるとでも!まだまだやらねばならぬことがある。此度は大人しく退いてやろう!最低限の目的は達成できた故なぁ!』
「ば、バカな!肉体を失ったというのに、いったいどうやって!?」
『我は大いなる深淵に仕えし眷属!肉体など些末な問題よ!ここで私を退けようと、ただの一時しのぎ。震えるがいい。やがてこの国も、世界も、闇に覆われるのだ!』
それを最後に、男の声は聞こえなくなり、漂う魔力も消散した。
彼らは理解した事だろう。自分たちは、とてつもなく巨大な悪意に晒されていることを。
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