真夜中の遠吠え

 イノシシをねぐらへと持ち帰った俺とクロエ。


 辺りは徐々に暗くなってきており、俺は急いで焚き火をおこした。


「……俺はコイツらを解体してくる。クロエは焚き火を見ていてくれ。消えそうになったら適度な風と薪を与えればいい」

「了解!」


 狼だというのに、やたら綺麗な敬礼を返すクロエ。その様子に内心苦笑いしつつ、俺は川へと向かった。


 さて、全部で5匹か。これはなかなか骨の折れる……【スーパーアーマー】で骨は折れないんだった。


 しかしその間は頭の方が暇になるな。この機会に今持っているスキルの確認でもしておくか。


 まずはスキルのおさらいだ。スキルを増やすには、神が定めた条件を満たす必要がある。

 例えば、俺の持つスキル【鉄壁】の取得条件は、怪我になりうる物理攻撃を一定数受けること。他の人が同じことをやれば、【鉄壁】を入手することができる。スキルの所持数に限界は無く、スキルの数はいままでの努力の証。よって、ステータスや行動でスキルは獲得できるが、他人からの継承などはできない。


 いま俺が持っているスキルは10個。


 森に入る前の【スーパーアーマー】【自動回復】【状態異常無効】【鉄壁】【魔力防御壁】。


 そして、森に入ってから新たに獲得した【獣走】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】だ。


【獣走】

 これは、腕力と脚力を強化し獣のように走ることができるスキル。

 このスキルは人間にしか取得する事はできず、その取得条件は獣のように長時間走り回ること。

 普通であれば、人間がこのようなことはしない。しかし、それは魔法に重きを置いているからだ。自然の中にこそ、身体の使い方が見つけられることを知ることができた俺は幸運だ。こればかりはあの大熊に感謝だな。


【剛力】

 このスキルはその名の通り、自身の力を大幅に強化するスキルだ。

 取得条件は、自分よりも重く大きい物を持ち上げること。

 見た目に変化はないが、1度発動させればその力は2倍以上のものになる。しかし、その反動で全身にかなりの負荷がかかる。長時間使用していると、やがて【スーパーアーマー】ですら耐えきれないダメージを負い、骨や筋肉が破壊されてしまう。長時間の使用よりもちょくちょく発動した方がいいだろう。


【筋骨増強】

 これもその名の通り、筋肉と骨の強度を強化するスキルだ。

 取得条件は、一定数筋肉や骨を修復すること。他者からの攻撃などでできた傷ではなく、トレーニングなどで傷つけたものだけカウントされる。

【スーパーアーマー】があるのだから意味の無いスキルだと思うかもしれないが、このスキルはとても大きな役割を果たしてくれている。【スーパーアーマー】でいくら怯まなくても、ダメージは受ける。そして、ダメージの蓄積が多くなるごとに効果が薄れていき、最終的には完全になくなってしまう。このスキルは、肉体を強化し、ダメージに耐えられるようにすることで【スーパーアーマー】をより活かせるのだ。


【倍加】

 このスキルは、自分の力を2倍にする効果がある。

 取得条件は、種族の中で初めて定められた身体能力・技術力・精神力を身につけることで取得できる。ということは、このスキルは種族の中でたった1人しか手に入れることができない特別なスキル『ユニークスキル』というものだ。

 本で知識はあったが、まさか自分が取得することになるとは思わなかった。当時は酷く驚いたものだ。まさか俺がユニークスキルを取得することがあるとは思っていなかった。

 しかし、考えてみれば人間は太古より魔法に頼りきった生活をしている。心・技の条件を満たせても、体を満たせようと思う者がいなかった、または風潮に負け満たせられなかったのだろう。このスキルを手に入れられたこと、誇らしく思う。


【貯蓄】

 このスキルは、自分が指定したものを貯めることができるスキルだ。

 取得条件は、極度の飢餓状態と脱水状態になった後に満たされること。

 俺がサバイバルを始めた時は、獲物も取れず、水も無かった。俺には知識があっても経験がない。過酷な自然の中で意識が飛びかけながらもなんとか生きながらえていた。

 しかし、いよいよ死んでしまうかといったところで俺は川を見つけた。そして、たまたま岸に打ち上げられピチピチと跳ねる魚にありつく事が出来た。その時に【貯蓄】を取得したのだ。

 食物を食い貯めるのが本来の使い方だが、俺が読んだ本には食物だけとは書かれていなかった。そのため、色々と試してみたら自分の力を貯めることができるようになった。おそらく魔法力などでも同じことができるだろう。


 と、こんなところか。解体と血抜きも上手くなったもんだ。


 肉を積み重ねていざ運ぼうとした時、突然複数の狼の遠吠えが響いた。


「…………」


 周囲に気配は無い。物音も動くものもない。しかし、この張り詰めた空気は……ねぐらからか。

 クロエが心配だ…早く戻るとしよう。









 ドランに鍛えてもらえるようになって早一日。今日だけでも、ボクは強くなれたと強く実感している。


 ボクは普通のホーンウルフとよりも力が弱い。その代わりにスピードは誰にも負けなかった。でも、群れでは力が強ければ偉い。戦いが強ければ強いほど良いとされていた。


 人間の元から出て、1度も戦ったことのなかったボクは1番弱かった。そして、ボクも蔑まれていく内に嫌悪していた群れの思考に染まりつつあった。


 ドランは、そんなボクを救ってくれたと言っても過言ではないと思う。ボクなりの戦い方と、ボクよりも強い相手に勝たせてくれたことで弱いボクの心に自信を持たせてくれた。


 こんなに良くしてもらって、本当にボクは恵まれている。いつか、ボクもドランに恩返しができたら……。


「ドラン……」

「アォォォオンッ!」

「っ!?」


 聞こえた。今の遠吠えは聞き覚えがある。獲物を見つけた時の、群れが使う合図だ!


 すぐさま辺りの気配を探る。ボクのいるドランのねぐらは、完全に包囲されているらしい。


 入口から、一匹のホーンウルフが入ってくる。そのホーンウルフはニヤリと笑うと、ボクに近づいてきた。


「よおクロエ。こんなとこにいやがったのか」

「……シリュー」


 群れのボス、『シリュー』。その強さから人間のギルドからネームドとして登録されている実力者だ。そして、ボクを見下しながらも、番にしようとしてくるいけ好かないヤツ。


「へへへ。お前は他のホーンウルフとは匂いが違うからなぁ、探すのは簡単だったぜ」

「……変態」

「どうとでも言え。ほら、帰るぞクロエ」

「いやだ!ボクは強くなるために特訓してるんだ。ボクは帰らな━━━」

「うるせぇ!!」

「グブッ!?」


 シリューは突然飛びかかってきた!そのままボクを押し倒し、首に足で踏みつけてくる。


「う…ぐっ……」

「お前みたいな弱えヤツは、黙って俺の言うことを聞いてりゃいいんだ。俺はお前よりも強いんだからなぁ!!」


 シリューが体重をかけてくる。首が絞まり、呼吸ができなくなっていく。


「あ…うう……」

「寝てな。それまでせいぜい楽しませてもらうからよぉ」


 いやだ……こんなの、いやだよぉ…。


 意識が朦朧とするなか、浮かび上がるのはドランの顔。ああ、まだ1日しか経ってないのに……まだ、一緒に特訓したかった…ボクを受け入れてくれるキミの隣にいたかった…。


「ド…ラ……」

「あ?」

「たす…け……」

「はっ!誰も来ねぇよ。往生際の悪い飼い犬だな!」


 視界が真っ暗になる。段々と意識を手放していき━━━━━


「……おい」

「あ?なんだおま━━」

「……クロエになにをしている」


 最後に聞いたのは、あの人間のようにボクを受け入れてくれた、大好きな人の声だった。


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