ドラングルvsシリュー

 心配していたことが起こっていた。


 通常の個体よりも一回り大きいウルフホーンが、クロエの首に足をかけ体重をかけている。クロエは意識を失ったのかグッタリしていた。


「あ〜?人間がなんで、こんなとこに……いや、クロエからお前の匂いがする。なんだコイツ、人間なんかといやがったのかよ?強くなるためとか言いながら、結局は人間が恋しかっただけか!」

「………………」

「まあいいや、それよりもどうやってここに入ってきた?まったく、外で見張ってるように言ったっていうのによお……まさか人間を見逃すなんて使えねぇヤツらだ」

「……何を言っている?」

「あ?わかんねぇのかよ?お前、どんだけ頭弱えんだ人間のクセに。俺の子分たちに外を見張らせていたのさ。だが人間一匹見落としちまうなんざ、使えねぇヤツらだと言ったまでだ」

「……どうやら、お前は勘違いをしているようだ」

「あ?勘違いってどういうことだ」

「……お前は狼の魔物だろう。得意の鼻で嗅ぎ分けてみたらどうだ」

「…………っ」


 訝しげに鼻を動かしたウルフホーンが驚愕に染まった。どうやら気づいたらしい。


「……お前、どうやった。魔法の発動は感じられなかったぞ」

「……魔法?そんなもの、俺には必要ない。魔道具ならまだしも、俺は魔法の心得なんて持ち合わせてない。全てはコレで片が付く」


 俺は右手を軽く掲げる。その拳には血がベッタリと付いていた。


「っ!?まさか、素手で殺ったとでもいうのか!?あれでも群れの中じゃあ指折りの強さを持ってるんだぞ!」

「……あの程度、俺にはなんの障害にもならない。あとはお前だけだ」

「……へっ!確かにお前は強いようだが、俺はネームドだ!お前たち人間が手に負える存在じゃねぇんだよ!!」

「……ネームド?なるほど、お前はギルドでも手を焼くほど強いというわけだな」

「そうだ!お前みたいなヤツとは格が違うのさ!俺の名はシリュー!死ぬ前に覚えときなぁ!!」

「……そうか。まあすぐに忘れるだろうが」


 シリューが牽制を混ぜながら俺の周囲を走り回る。俺の隙を見つけ、飛びかかろうという算段なのだろう。俺はあえて構えもせず、そのままボーッと立ち続けた。


(なんだこの人間、隙だらけじゃねぇか!俺を見もせずにただ立ち続けるなんて、バカかコイツは!?)

「……いいぜ、そんなに殺して欲しいんなら殺してやるよお!!」


 俺の背後に回った時、シリューは俺へと飛びかかり爪を叩きつけた。


 シリューの体長は約3メートル。それほどの体躯ならば、腕も相当にデカい。シリューの剛腕と大きな鉤爪が俺の背中を強襲し……止まった。


「……は?」


 ダメージはそれほど入らなかった。俺は吹き飛ぶでもなく、ボロボロのズボンのポケットに手を入れ、1ミリも動かずに立っている。


「……っ!まだまだぁ!!」


 俺が何もしないとわかると、シリューは俺をタコ殴りにし始めた。爪で引っ掻き、腕を叩きつけ、ツノで突き、キバで噛み付く。


 なるほど、中級下段のホーンウルフだというのに、まさかこれほどの力、威力を持っているとは。


「うぉおおお!!」

「………………」


 それでも、俺は動かない。傷つきもせず、踏ん張りもせず、その踏みしめている地面が衝撃でえぐれることもなかった。


「ハァッ…ハァッ…」

「……もう終わりか?」

「うるせぇ!」


 息切れしながら俺の前に立つシリュー。俺が煽りの言葉を投げかけると、シリューは顔を真っ赤にして吠えた。


「癪に障る!反撃もしないで、ただ立ってるだけかよ!?」

「必死にじゃれてくる犬が微笑ましくてな。ついつい見守ってしまった」

「っ!?テメェエエエッ!!」


 激昂したシリューの身体が赤く光る。あれは確か……スキル【狂化】だったか。発動中は理性を失くす代わりに身体能力を底上げするスキルだ。

 取得条件は自分の本能のままに長時間生活すること。野生でこのスキルを取得しているということは、相当群れでも好き勝手していたらしい。


「グルァアアアアッ!!!」


 怒り狂ったシリューはツノをこちらに向け、突進してきた。ヤツが蹴った地面が大きくえぐれている。俺は、また同じように立ち続け、その凄まじい威力の突進を受け入れた。


 瞬間、衝突したことで辺りに突風が巻き起こった。


 草花が宙に舞い、木々がざわめく。


 その爆風の中心で、ツノを胸に突き立てられたまま、俺は変わらず立っていた。


「ガ……ア…?」

「……今度こそ終わりだな?なら次は……俺の番だ」


 俺は左手でツノを掴み、右腕を上げ拳を作った。


 スキル【スーパーアーマー】【鉄壁】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】発動。


「……なかなか楽しかったぞ?今度はクロエと共に出向こう。それまでさらばだ……あ〜、なんだっけ?お前」


 右腕を振りかぶり、名も知らぬ狼へと叩きつける。狼は勢いよく吹き飛び、森の奥へと姿を消してしまった。


「……はあ、とんだ災難だった」

「……ドラン」

「……クロエ、起きていたのか」


 いつの間にか起き上がっていたクロエが俺の隣に座った。その顔は申し訳なさそうな、悲しみに染まっていた。


「……シリューは、ボクの群れのボスなんだ」

「……シリュー?…ああ、さっきの狼か。確かにそう言っていたな」

「アイツは、ボクを番にしようとしてきて……ボクはそれを拒むために、強くなって見返してやろうって思って飛び出したんだ。でも、まさかここを嗅ぎつけてくるなんて……」

「……流石は狼の魔物といったところだな。索敵と感覚の鋭さには俺も舌を巻く」


 クロエは俯いて身体を震わせる。少しの間そのまま俯いていたクロエは、ゆっくりと顔を上げて、謝罪の言葉を述べ始めた。


「ごめんね、巻き込んじゃって。ボクはここを離れるとするよ」

「……何を言っている。お前が出ていく理由は無いだろう」

「でも、ボクが来たから!」

「……お前が何かしら抱えていることはわかっていた」

「え……」

「……俺は、わかっていたうえでお前を受け入れた。これからも迷惑をかけるといい。俺はお前を……そうだな、群れの中でも1番になるぐらいには強くする。それまでは逃がさないからな、覚悟しておけ」

「……うん、う゛ん゛!!」


 涙を流し始めたクロエの頭を撫でてやると、クロエは頭を手に擦り寄せて来る。そのまま、クロエが落ち着くまで俺は頭を撫で続けた。


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