エンドリーズブートキャンプ
朝が来た。
木漏れ日が優しく顔を照らし、俺の意識をゆっくりと覚醒させていく。
今日もいい天気だと呟きながら身体をのばし、何気なく横に顔を向けてみると━━━━━━━━━
「………………」
「……?っ!?」
大きな狼の顔があった。クロエが屈んで座っていたために、真横にある顔に気づけなかった俺は驚いて上半身を勢いよく起こした。
「おはようドラン!」
「……ああ、おはよう。それと、今のはやめてくれないか。寿命が縮む」
「え〜?そうは言っても、ドランの顔まったく動かないし、驚いてるかわかんないんだよなぁ。驚かせて表情が動いたドランが見たかったのに…」
「……父上から教わった鉄仮面はそうそう崩れん。残念だったな」
「わーん!怒らないでよぉ!そっぽ向かないでよぉ!」
さっさと起き上がり、川へと向かい顔を洗う。感覚が元に戻ったのを確認すると、川の中心まで浸かり両腕を水の中に入れた。
「…………」
「……ドラン?何やってるの?」
「…………」
「ドラ〜ン?おーい、ドラ〜ン?」
「…………」
「ねえ…………ドランッ!!」
「っ!」
返答を返さない俺に、ついにクロエがキレた瞬間、俺は腕を動かし水中の影を捕らえた。
「え……魚?」
「……そうだ。魚の動きに集中していたというのに、うるさいぞ」
「なら説明してくれても良かったじゃんかぁ!」
「……お前なら自分もやるとか言い出しそうだ」
「うっ……まあ、確かに言うかも…」
「……満足に身体を動かせん奴がいると、魚の動きが読めん」
「普通に戦力外の素人って言ってきたね!?これでも速さには自信があるんだよ!?」
「……水中で、そのスピードを発揮できるのか?」
「あっ…その……うぅぅうう!」
手早く魚をくびり殺し、手頃な平たい物を求めて周囲を見渡す。
岸でジタバタと暴れるクロエを尻目に、近くにあった岩へ移動し、川の水でかかった砂を払い魚をのせた。
そのまま魚の腹を裂き、内蔵を取り出して骨まで取り出す。
「………………」
「………………」
俺の真横で、さも不機嫌ですよというかのようにそっぽを向きながら居座るクロエ。
しかし、俺はそれが気分が悪いからという理由ではないことは分かっている。
たまに聞こえるジュルリという音。さきほどのことで腹を立ててはいるものの、ヨダレを垂らしているところを見せるのは気恥ずかしいのだろう。
「……できた。ほら、この切り身を全部食え」
「え?うん……ウマ」
「……ならさっそく特訓を開始するぞ」
「ムグムグ……ンッ!?ゲホッゲホッ!ちょ……どういうことさ!?」
「……飯はいまやった魚一匹だけだ」
「えぇーーっ!!!???」
ポキポキと身体を鳴らし準備運動を始めると、クロエは焦ったように叫んだ。
「なんでさ!?もしかして怒ってる!?ゴメンよ!だから、お願いだから魚一匹だけだなんて……酷いこと言わないでよぉ!」
「……これも訓練内容の一つだ。お前は食が関係すると弱い。それを利用すればやりやすいからな」
「なっ!?この鬼!悪魔!」
「……楽して強くなれると思うなよ?」
「思ってないけど!思ってはないけどさぁ!」
「……さて、内容を説明するぞ」
「うわーん!」
まったく、こっちは何も食ってないんだ。食材も修行で何とかしようと思っているのに……。
「…………で?何をするのさ」
「……これから1時間、俺はお前を追いかける。5回俺に捕まったらお前の負け。その場合はペナルティを負ってもらうぞ」
「ペ……ペナルティ?」
「……お前の夕飯は無しだ」
「はいぃいいいっ!?」
「……そら、いくぞ」
俺が腰を曲げると、その時には既にクロエは森の中へと消えていた。
「……いい初速だが、それを続けられるかが見所だな」
さて、とりあえず全身の筋肉に負荷をかけてスタミナをつけられれば上々だ。クロエはどれだけもつかな?
スキル【獣走】発動。
まるで獣のように姿勢を低くし、
走る。
風のように速く、より遠くへ。
捕まれば夜ご飯が無くなるというペナルティを受けないために必死で走る。
自分のスピードには自信がある。現にドランの走る速さはそこまで、確実にボクの方に軍配が上がるはず。
なのに……ボクは既に4回も捕まっている。
ドンッ!バキャッ!
また聞こえてきた。ドランがボクに気づいたみたい。
折れた枝がボクに降りかかる。とっさに右へズレると、先程ボクがいた場所にドランが着地した。
「……なかなか粘る」
「ハッハッハッハッ……」
もはや言葉を返す余裕もない。息を切らしながらも必死で距離をとろうとすると、ドランは木へとジャンプして飛び移っていく。その衝撃で枝や幹が折れ、辺りへと散らばった。
「……フンッ!」
「ハッハッハッ……ぐっ!」
運が良いのか悪いのか、ボクは足を滑らせて転んだ。そんなボクの10歩先ぐらいの位置にドランが着地する。
すぐさま方向転換し、来た道を戻る。先程までは木々が邪魔で仕方がなかったが、こうやって追われているうちに滑らかに躱すことができるようになった。
昨日までは自慢のツノで全部突っ切って走っていたというのに、今では自然に躱すことで減速もない最高潮のスピードで走り続けられている。
やっぱり、ドランは凄い。走ることに追いかける追いかけられるという関係を付け足すだけで、こんなにも実りがある特訓になるなんて!
「……ここまでだ!」
ドランが木々から飛び降り、ボクの前に着地した。
終わった…?1時間逃げきった……つまり!
「やったぁ!夜ご飯ゲットォ!!」
「……本当にそれだけで乗り切ったのか」
「もちろん!……いやぁ、改めて考えるとボクってチョロいなぁ」
「……まったくだ。さあ、次の特訓だ」
「……ん?ボクの聞き間違いかな?次の特訓って言葉が聞こえた気がするけど…」
「……そうだ。次の特訓だ」
「やっぱりドランって鬼だよね!?さっきまで走り続けてたのにもう次って!」
「……だが、これは食事に関わるものだぞ」
「それで!?どんな特訓なの!?」
「……食い付きが段違いだ…」
はっ!?また食べ物に……でもでも!朝の魚一匹しか口にしてないんだし、お腹減ったし!
「……それじゃあ言うぞ。次の特訓の内容は…」
「……ゴクッ」
どんな内容なんだろう。また身体を動かすんだとは思うけど…。
「……昨日俺が取ってきたイノシシ。あれを狩ってもらう」
「……へ?」
ドランが言ったのは、信じられないようなものだった。
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