狼さんはお悩みのようです

 月が雲の間から顔を出す。


 辺りはすっかり暗くなり、俺は焚き火を起こし、肉を焼いていた。


 肉汁が焚き火へと落ち、ジュウジュウと音を立てる。図体がでかい分、解体に時間がかかってしまったが、大量の肉を食えると思えばそれほど苦痛ではなかった。


「ヘッヘッ…ウ〜…」

「……我慢しろ。唸り声を出すな、歯を鳴らすな。待てだ」

「ウ〜…ワフッ」


 よだれを垂らしながら息を荒くするおおか……そういや、コイツはなんて言うんだろうか。


「……お前、なんて呼べばいい?」

「え?え〜と、できればクロエって呼んで欲しいな」

「……名があるのか?」

「うん。実は小さい頃、人間に育てられたことがあってね。その時につけてもらったんだ」

「……ソイツは?」

「流石にここまで大きくなるとは思ってなかったのか、ボクを置いて行っちゃった」

「……そうか。すまんな」

「いいんだよ。あまり好きじゃなかったし、ちょうど良かったんだ。ボクにアレコレ支持して、曲芸までやらせようとしてたからね。見世物になってたまるもんか」

「……それでも、その名を望むのか」

「……うん。つけてくれた時はまだ優しくて、幸せだったからね。気に入ってるんだ、この名前」

「……わかった。では、これからはクロエと呼ぶことにしよう」

「ありがとう」


 人間に育てられていたか……なら、人語を話せるのにも合点がいった。


 魔物にはランク付けがあると言ったが、中級から上の魔物は知能が高い。


 人語を理解することも、話すことも可能だ。クロエは中級に属するため、飼い主の言葉を学ぶことも可能だったわけだ。


 しかし、その飼い主は理解していなかったのだろう。魔物に名前をつけるということの意味を。


 飼い主が捨てたのは、おそらく名前をつけたことでネームドへと変えてしまったからだ。


 ネームドとは、名前のある魔物のこと。名前を付けられたことで、魔力だけで構成されたあやふやな実体を世界に強く留めることができる。


 それにより、通常の個体よりも大きく、強く成長することができる。


 飼い主には、ネームドになったクロエが手に余ってしまった。だから捨てたのだろう。


「ボクが名前を言ったんだから、キミのも知りたいな」

「……俺はドラングル・エンドリーだ。この森近くにあるギアルトリアという街に住んでいる」

「へ〜。カッコイイ名前だね!」

「……まあな」

「あっ、照れてるでしょ〜」

「……うるさい」


 親につけてもらった大事な名前を褒められて嬉しくない奴はいないだろう。大事と思っていない奴は例外だが。


「なら……う〜ん、ドラングルはちょっと呼びにくいからドランって呼ぶね!」

「……好きにしろ」


 狼なのにニヤニヤと器用に笑うクロエを睨みながらも、肉を火から離し、クロエの前に置いた。


「……出来たぞ。食え」

「ほわぁぁ、いい匂い!久しぶりのご馳走だよ!」


 凄まじい勢いでクロエがかぶりつく。牙が肉に食い込み、肉汁が勢いよく吹き出した。


「ウマッ!アツっ!」

「……肉汁がもったいない」

「ハフッハフッ!」


 美味そうに食うな。肉汁は飛びまくりだが、次々と肉がクロエの中に収まっていく……と、マズイ。そのままでは俺の分まで食われてしまう。俺も早く食ってしまおう。


「……うむ、美味い」

「ウマウマ」

「……随分とがっつくな。久しぶりのご馳走と言っていたが、狩りが失敗したのか?」

「……ううん。ボク、捨てられた後にホーンウルフの群れに加えてもらったの。群れでは強い奴が偉くて、食べ物も弱い奴にはあまり配られなかったんだ」

「……ふむ、なるほど」

「ボクは……人間に育てられていたことで余計に嫌がらせを受けてね。周りと違って、自然の中で生きてなかったから戦い方も分からない。だから、群れの中で一番弱いボクはよく命令されてたよ」


 自然は弱肉強食。人間に育てられていたことが、自然に身を置いた瞬間に枷となったということか。


「ボク、それが悔しくて……群れのボスに言ったんだ。もう、キミの言いなりにはならないって。でも、ボクは弱い。だから、ボクは強くなるために1人で森を走ってたんだ」

「……そうか」

「ボクは、力はちょっと弱いけど走る速さは誰にも負けなかった。このスピードだけはボクだけの特権なんだって思ってた。でも……ドランに止められた」

「……それは、すまなかったな」

「謝らないで。ボクがまだまだだっただけなんだから……キミにお願いがあるんだ」

「……言ってみろ」

「ボクを、ボクを強くしてください!キミのように強くなって、アイツらを見返してやりたいんだ!」

「………………」


 クロエは頭を地面につけて頼み込んできた。う〜む……正直に言うと断りたい。俺はいつまでもこの森にいれるわけじゃない。許可を貰ったのは1週間で、今は4日目だ。あと3日で強く鍛えられるほど、俺は強くない。


「………………」

「………………」


 クロエがこちらを見つめてくる。その目には強い意志が見える……仕方がないな。困っている奴を見捨てるのは騎士ではない。


「……わかった。お前を鍛えよう」

「ホント!?やったぁ!」

「だが、俺はあと3日間しかこの森に滞在することはできない。お前が満足できるような強さにできるかはわからんぞ」

「ううん、それでもいい!ボク、精一杯頑張るよ!」

「……そうか、わかった。なら、今日はまず寝ろ。明日から鍛錬を始める」

「うん!」


 夜が深けていく。クロエは俺がこしらえた落ち葉のベッドで丸くなった。


 俺は焚き火の始末をしながら、明日の鍛錬メニューを考える。


 クロエは戦い方が分からない。しかし、身体能力は良い。効率良くするために、いささかキツイものになりそうだが……仕方ないか。


 地面に横になり、空を見上げる。


 空に浮かぶ星たちが、まるで応援しているかのように激しく瞬いた。

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