狼を拾いました

 駆ける。駆ける。駆ける。


 体毛を揺らし、自慢のツノをかざしながら地を蹴る。


 草むらを突っ切り、木を華麗に躱し、川を飛び越え、駆ける。


 その気持ちよさは言葉では言い表せない。強いて言うのであれば、風。


 まるで風のように、駆ける。


 爽やかに、柔らかく、しかし鋭く差し込む。


 誰もボクを止められない。この速さ、この身のこなし。


 ああ、ボクはいま自由だ。


 目の前の低木を貫き出て━━━━━


「……フンっ」


 横から来た何かに吹き飛ばされ、意識を失った。









 森に来てから早三日。

 俺はサバイバルをしている。


 初日の追いかけっこで、少しでも身を軽くするために荷物を投げ捨てたのだが、戻ってみるとボロボロに食い漁られていた。


 持ってきた食料や道具が使い物にならなくなり、仕方なくサバイバルを開始。


 動物を狩り食料を調達し、近くにあった川で水を補給する。


 ちょくちょく魔物を見かけるが、どうやら強い魔物はあの大熊だけのようだ。最初は苦戦したが今では楽勝だ。


 魔物は通常の動物よりも知能が高いが、この辺りは比較的に弱い魔物ばかりなのでまだ対処出来る。


 あの大熊が規格外過ぎたんだ……アイツ、俺の逃走経路をじわじわと潰しながら追いかけてきたからなぁ。


 そうやって何とか生き長らえているが、獣と格闘したり魚を捕まえたりしていると身体がかなり引き締まった。


 あまり外に出たくはなかったから、ギアルトリアにいた頃は贅肉が少しついていた。


 しかし、ここでの過酷な環境と命を懸けた狩りのおかげで無駄な肉が落ち、筋力が育った。


 しかも、動物や魔物の動きもとても興味深い。

 本能だけで動くのではなく、しっかりと考え、器用に肉体を動かす姿に俺は心を打たれた。


 人間は、無駄な動きが多い。いちいち考えてから行動するために反応が遅れてしまう。


 しかし、動物たちに無駄な動きはほとんどない。考えるのでは無く、予測と勘、そして膨大な経験によって分かるのだ。だから、より的確に戦い獲物を捕えることができる。


 ここには、俺の手本となるものが山ほどあった。学ぶことが多く四苦八苦したが、いまとなってはそのほとんどを吸収できたと言えるだろう。




 さて、振り返りはこの辺にして目の前の問題をどうにかしなければ。


 俺の前には、一体の狼が横たわっている。体毛は黒く、額に立派な金色のツノが付いている狼。


 おそらくコイツは、《ブラック・ウルフホーン》と呼ばれる中級の魔物だ。通常の《ウルフホーン》と違い、白ではなく黒い体毛を持つ。パワーは少々負けるが、スピードは圧倒的なものを持つ。


 魔物には強さや厄介さでランクが付けられる。


 弱く、驚異になりにくい魔物は下級。


 強く、驚異となる魔物は中級。


 進化も経験し、人の手が付けられない魔物が上級だ。


 さらに細かくすると級の次に下段中段上段の分け方があるのだが、それは割愛しよう。


 この《ブラック・ウルフホーン》は中級の魔物だ。

 牙と爪、そしてツノで攻撃を行う。そのスピードから生み出されるツノの威力は、岩盤をも砕くとされている。


 突然草むらから出てきたため、つい反射で拳を打ち込んでしまった。


 思ったよりも飛び、木にぶつかって気絶してしまった《ブラック・ウルフホーン》を、どうしたものかとねぐらまで運んだのだが……このまま寝かせていれば起きるだろう。


 さて、今のうちに狩りに行ってくるかな。そういえば最近、乱獲はしていないはずなのに動物や魔物がかなり減ってきたが……どうしたのだろうか。








『…いま、なんて言ったんだ?』

『ボクはもう、キミの言いなりにはならないって言ったんだ!』

『はあ?俺よりも弱いくせに何言ってやがるんだ。この群れでは強さが全てだ!俺に口答えすんな!』

『……なら…なら!キミよりも強くなってやる!そして、ボクは自由になるんだ!』

『ハッ!やれるもんならやってみろよ!速さしか取り柄のない、この群れで一番弱い癖によォ!』

『……っ!』

『ハハハッ!』




 目が覚める。


 寝た状態のまま薄目を開け、すぐに周囲に気を巡らせ状況を確認する。木々の密度が高く、なにやら木で出来た道具が落ちている。

 私はいま落ち葉のベッドに寝ているらしい。


 何者かの巣だろう。道具があるならばある程度の知能がある生物か。


 ボクに攻撃を当てるようなヤツだ。さぞ強いのだろう……待てよ?


 そんなヤツなら、ボクを強くできるんじゃないか?聞いてくれるかは賭けだけど、もし了承してくれたら……っ!


 足音が聞こえる。音の重さからして身体は大きくない。でも、2mはあるボクを吹き飛ばす力を持っているのは確かだ。


 足音がすぐ近くに来る。唯一木々の密度が薄い場所に影が落ちた。


「あの!……っ!?」

「……起きたか」


 え…?人間…だって?


 人間がボクを吹き飛ばしたっていうのか?あの魔法と数で戦う人間が……でも。


 この人間の身体はガッシリしている。それに、信じられないことに僕よりも大きいイノシシを肩に担いでる。


 あのサイズのイノシシを、顔色一つ変えずに持ち上げるなんて……。


 それにしても、あのイノシシってすごく美味しそう。大きい分、脂もたっぷりありそうだし……おっとヨダレが。


「……食うか?」

「いいの!?」

「……ああ。お前が起きたら食わせようかと思っていたからな」

「やった!」


 なんていい人間だ!イノシシはボクの大好物なんだ!


「……少し待っていろ。いい具合に焼いてやる」

「うん!」


 人間がイノシシを担いだまま外に行こうとする。ボクも立ち上がり、人間について行った。


「ねえ、どこに行くの?」

「……川だ。腑分けして解体する」

「そっかぁ」

「……怒らないのか?」

「へ?怒る?なんで?」

「……俺はお前を攻撃して、気絶させたんだぞ?」

「う〜ん……でも、何か悪いことを考えてるなら、もうボクは死んでいるだろうし。それに、ボクにご飯を食べさせようとはしないからね」

「……そうか」


 人間は黙って、スタスタと早めに歩く。まあ、ボクの方が大きいからすぐに追いつけるんだけどね。


「あっそういえば、キミに頼みたいことがあるんだけど……」

「……初対面だというのに、随分と馴れ馴れしいな?」

「あ…ゴメン……」

「……飯を食う時に聞く」

「ホント!?ありがとう!」


 なんだかんだ優しいみたい!もしかしたら、この人間ならボクを強くしてくれるかもしれない!ご飯も楽しみだし、後はボクの交渉術にかかってる。


 よし、ファイトだボク!


 尻尾を振りながら、人間へとついて行く。この出会いが、ボクの生涯を劇的に変えていくことを、ボクはまだ知らなかった。

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