刺客たちの受難

 エンドリー家。

 それは、ほぼ全ての貴族から目の敵にされている小貴族だ。


 マヌカンドラ帝国が興った時から仕えている?才能が無いながらも帝国を支え続けてきた忠臣?


 それがどうした。それは、我々が必死に築いてきた功績をも上回るのか?


 いや、いいや、そんなはずはない。


 無能でありながらも王に媚びへつらう弱小貴族めが。いずれこの国から追い出す……いや、滅ぼしてやる。


 そんなところに、好機が回ってきた。


 帝都近くの森に、エンドリー家の跡継ぎが1人で入ったらしい。

 あの森は魔物が出る。ならば、そこで殺してしまっても魔物の仕業にすることができる。


 その発想に至ったのは1つの家だけではない。大中問わず、貴族たちは跡継ぎ息子の抹殺を計った。


 手練の殺し屋が、貴族お抱えの暗殺者が、ドラングルのいる森へと大量に向かった。


 その数、50人あまり。

 たった一人、それも無能と知られるエンドリー家の''できそこない''を殺すためには実に多すぎるものとなった。が、これほどの戦力であれば失敗することは無いだろう。


 貴族たちは嗤いながら、エンドリー家に一泡吹かせてやったと酒を飲み下した。










「この森か…」

「我らは行く。伝令を送るゆえその際に来るといい」

「ああ、頼んだ」


 殺し屋たちはそれぞれ別の貴族たちから依頼されたものの、確実に達成するために協力していた。


 手を取りあったところで、依頼主は違うため報酬に影響がある訳では無い。

 ならば、殺し屋と暗殺者、力を合わせればすぐにカタがつく。


 しかし、慢心はいけない。聞くところによれば、今回の標的は中級の炎魔法の中から顔色一つ変えずに出てきたというにわかには信じ難い人物。

 その時は手や足などが炭化していたらしく、その痛みは想像を絶するだろう。


 相手は、中級魔法すらものともしない怪物だ。その力は未知数。心してかからなければ。


 まずは気配を消すことに長けた暗殺者たちが森に入り、標的の様子や状態を観察。ある程度の情報が集まれば、全員でかかり殺す。


 もし怪物じみた力を持っていたとしても、この数の手練どもがやられることはないはず。それも、事前に情報を得られているのであれば尚更だ。


「一体どんな奴なんだろうな」

「ああ?」

「''なりそこない''のことだ。中級魔法を受けても生きていたということ自体が眉唾ものだが、マジだったら……どんなバケモンなんかなぁってよ」

「あ〜……アレ、どうやら本当らしい」

「え、マジだったのかよ」

「ああ。つっても、ガキが放ったものらしいが、それでも中級火炎魔法を2発喰らったんだとよ」

「2発!?それで生きてるって……この斧とかでもちゃんと殺せんのか不安になってきたぜ」

「大丈夫だろ。魔法で焼いてもダメならぶった斬ってやりゃぁいいのさ」

「ああ、バラバラにしちまえば人間も魔物も一緒だ」


 殺し屋たちは、事前にあの事件について貴族たちから聞かされていた。

 半信半疑だったものの、対魔法のスキルを持つことを考慮し魔法ではなく物理を主体にすることにしたのだ。


 まあ、ドラングルは対魔法どころか物理にすら耐性を持つスキルも有しているのだが。


 そうやって話し時間を潰す。しばらくたった後、殺し屋の一人が呟いた。


「なあ、あいつら遅くねぇか?」


 暗殺者たちが森に入ってから数刻経つ。伝令を送ると言っていたが、まだ来る気配は無い。


「まだ探してんじゃねぇの?それとも、調査が長引いてるかなんかだろ」

「探してるはねぇんじゃねえか?この森、大して広くねぇだろ。調査が長引くっつっても何をそんなに調べる必要がある?」

「……行ってみっか?」

「おいおい、それで入れ違いにでもなったらどうすんだよ」

「なら、ここに数人置いて行きゃいいだろ?一応俺たちだけでも20人ぐらいはいるんだしよ」

「……いや、もしかしたら奴らが殺られた可能性もある。もしその場合、ここに少しでも戦力を残すのはダメじゃないか?」

「……よし、全員で行くぞ」


 殺し屋たちは警戒しながら森の中へと入っていった。森の中は静かで、彼らが歩く音以外に物音はない。


 しばらく歩き続けた時、一人が異変に気づいた。


「おい、何だこの匂い」

「……鉄くせぇ。 どうやら俺たちの選択は正しかったらしい」


 少し開けた場所が見える。どうやらそこから異臭が放たれているらしい。

 草陰に隠れながら覗き込むと、そこには凄惨な光景が広がっていた。


「うっ……」

「惨いな…俺たちでもこんなことにはならねーぞ」


 辺り一面が血の海になっていた。

 転がっている肉塊は原型を留めておらず、黒い布切れから暗殺者の羽織っていた黒いローブだと初めて気づく。


 一般人であれば、胃の中の物を全てぶちまけてしまうような惨状だが、彼らは殺しのプロ。このような状況でも冷静に分析していた。


「……コイツは、人間の所業じゃねぇ。魔物かなんかに襲われたのか?」

「おそらくな。見ろ、これはまだ原型がある。上半身だろうが、腕やら横っ腹やらが削られてる」

「爪でやられたのか。この傷だと相当なデカさだな……狼とかよりも、相当な図体をしているらしい」

「……おい、心臓がねぇぞ。ほかの死体もだ」

「ああ?心臓だと?つまり魔物の目的は……」

「人間の魔法力ってことか」


 人間は魔法力を用いて魔法を扱う。

 魔法力は呼吸によって大気からマナを吸い込み回復するのだが、そのマナと魔法力を貯蔵するのが心臓だ。


 本来、魔物は魔力を持つ。人間の魔法力とは違い、それぞれが属性を持ち魔術の行使に使われるエネルギーだ。


 オーファン教では、神が世界を想像した際の残りカスが魔力であり、そこから生じたのが魔物だとされている。


「人間の魔法力目当ての魔物……未だこんな前例はねーな」

「ああ。もし、人間の魔法力を魔物が取り込んだとして、魔物がどうなんのかも知らねぇ……」

「仕方ねぇ。お前ら、引き上げるぞ」

「ああ!?バカ言ってんじゃねぇよ!ここで終わっちまったら依頼が達成できねーじゃねぇか!」

「だが、こんな事態になっちまったらもう依頼どころじゃないだろ。ここは一度引いて、体制を立て直すべきだ」

「また俺たちに依頼が回ってくる保証もねぇだろうが!こんなに美味しい依頼を逃すなんて、俺ぁごめんだぜ!」


 言い争い始める殺し屋たち。だが、彼らは熱くなりすぎた。


 この惨状は長くても数刻前の出来事。ならば、この惨劇を作り出した魔物がまだ近くにいるかもしれない。


 しかし、彼らは頭に血が上りそれを失念していた。大声を上げすぎた。


「…………」


 彼らが言い争っているすぐ後ろ。


 草むらの中から、彼らを狙う赤い目があった。

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