第4話 恋文の返事

「あれね、雨に濡れたのか文字が殆ど滲んでいてわからなかったんだ。猫の絵も……」

「猫?」

「いや、下手な絵だったからね、血判みたいなのもついてたし、実は虎で、果たし状だったのかも」

「正解!」

冗談を言うと、ハルが目を細める。

「果たし状が?」

「違う、あれは虎像を描いたの」

「え、似てな……」

横目で睨まれ、慌てて口をつぐむ。


「少年団の事を言いだせなくて、手紙に書いたの」

「血判は?」

「なわけないじゃん。女子の間でリップマークをつけるのが流行っていたの」

「それって願掛け的な……」

シュンに寄せられた手紙を見せてもらったことがある。

「クラスも違うし、会えなくなるのが怖かった。母さんの目を盗んでつけたルージュは、大人になったみたいでドキドキしたなぁ」

帽子のツバを抑えながら、ハルが土道を下る。吹き抜ける風が胸の奥の霧を晴らしてゆく。


「そういえばハルは口紅しないね」

追いかけて、華奢な手を取る。

「似合わないもん」

覗き込むと、頬を膨らましている。引き寄せて抱きしめ、耳元で囁く。

「でも、白無垢になら映えるんじゃない?」 

「……りく、さては手紙読んだでしょう!?」

ハルは疑いの眼差しでするりと腕から抜け出す。


「大人になって、また大岩にのぼったらお嫁さんになってあげるって書いたの見たでしょう、目が泳いでるもん」

脇腹に右ストレートを貰って、悶絶する。

「はは、ごめん。でも肝心の部分は滲んでいたし、送り主がハルなら良いなと思っていたよ」


屏風岩に手を伸ばすと、昔の記憶で自然と手足が動く。岩の上で深呼吸すると、新鮮な空気に懐かしい匂いが混じっている。

「来月この街に戻って来るよ。僕らの子供は、ここで育てよう」

振り返ると、岩陰からハルが顔をのぞかせる。

「それなら、子安神社に寄って帰ろう」

「それは、気が早いのでは」

「全然」

彼女が悪戯に笑う。

「え、さっき岩に上って……」

「ハル様だよ?」

「って……本当に?」

ハルはお腹に手を当てて頷く。


「駄目だよ、今後は岩上り禁止っ!!」

僕は飛び降りると、最高の気分で彼女を抱きしめた。


−おしまい−




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田舎町のカルスト 翔鵜 @honyawan

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