第3話 手紙の行方

「それで、手紙は見つからないまま?」

僕らは坂道を登りながら、昔話をしている。

「遺失物として寺の本堂に届いていて、盆に家族で来た折にこっそり回収した」

初めて虚空蔵を見たとき、自分がちっぽけな人間に思えた。

「良かったじゃん」

「散々姉貴にからかわれたんだぜ。その帰りに句碑を見てさ……これだ、芒、幽邃なりの句」

駐車場の茂みに、小さな私設の句碑がある。

「意味を知りたくて歳時記を開いたら面白くて、夏休み中ずっと眺めていたなぁ」

「へぇ、俳人先生の原点かぁ」

周りの雑草は丁寧に抜かれ、十数年を経ても静謐な佇まいである。

「そんな大袈裟なものじゃないけど、君に追いつきたくて焦っていたのかも」



 仁王門をくぐると自動販売機がある。

「ねぇ、炭酸系にしよう」

「今日は珈琲じゃないんだ?」

レモンサイダーを買ってやると嬉しそうにキャップを捻る。つば広ハットが落ちて、汗の粒が流れ落ちる。

「あぁ美味しぃ! 下から登ってきて正解だね」

ハットを拾ってやり、飲みかけのサイダーと交換する。爽やかな炭酸が喉で弾けて疲れが吹き飛ぶ。


「そういえばシュンのやつ、パリコレだって」

「だね。濃尾平野どころか世界征服じゃん」

「言ってたなぁ。大岩に仁王立ちしてさ」

本堂に御参りして左手を見上げると、奇岩怪石がひしめき合っている。

「ここへ来ると、身が引き締まるね」

「ああ、幽邃ってこういう景色の事なのかもなぁ」


 しばらく公園内を散策すると、岩の冷感や土の湿度に懐かしさがこみ上げてくる。

「ね、久々に登ろう!」 

「おいおい、危ないよ」

「ハル様が転ぶわけないでしょう?」

持ち前のバランス感覚で大岩に上ると、ワンピースの裾が捲れて慌てて目を覆う。てっぺんに到達した彼女は、昔のように大股を広げて座っている。


「ここからの眺めはやっぱ最高だね!」

「あ、ヒトリシズカの葉っぱだ」

「どれ?」

ハルはふわりと裾を広げて、軽々と大岩から飛び降りる。

「これだよ」

隣に来て、四枚葉を覗き込む。顔が近づくと、あの頃の気持ちがシンクロして頬が熱くなる。


「私ね、令和の子もこういうところで、擦り傷作って欲しいの。習い事も良いけど、こういう遊びって一生ものだもの」

「うん」

地元で体育教師をする彼女には、濃尾平野の先に子供達の未来が見えているのかもしれない。


「ところでりく、手紙の送り主は分かったの?」







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