第14話
私が一笑さんと初めて会った時、不思議な人だと思った。
スライム以下のステータスなのに、纏う空気は強者のそれ。
弱い人というのは、過去の経験から気が弱い人が多い。
一笑さんはそういう人とはまったく違っていた。
記憶喪失なことが関係していると思ってたけど、どこか違う気もした。
ステータスはスライム以下なのに気が強くて、態度は偉そうだけど鼻にはつかなくて、怖い顔をして何考えているかはわからないけど、悪い人じゃなくて……。
だから一笑さんを家に入れたのは、不思議な存在で監視の意味もあったけど、悪い人じゃないから可哀想ということもあった。
私も孤児で孤児院が帰る場所だけど、本当の意味で帰る場所がなかったから。
記憶喪失の一笑さんに帰れる場所を作ってあげたかったんだ。
一笑さんは、私は苦手な虫が出てきた時にすぐに倒してくれた。
一笑さんが虫を倒してくれた時、頼りになる男の人だなって、そう思った。
私はずっと守ることはあっても、守られることなんてなかったから。
私より弱い人に守られるなんて思ってもいなかった。
「お前に倒せないモノは俺が倒す」
スライム以下のステータスの人が何言ってるんだろうって思ったけど、何故か信じられた。
一笑さんとの出会いは意味があるって。
この人なら何とかしてくれそうだなって。
私は信じたかった。
虫をあっさり倒した時みたいに、【四大災厄】の終焉の黒龍も倒してくれるんじゃないかって。
守られたことのない私を守ってくれる、ヒーローなんじゃないかって。
私は信じたんだ。
*****
「一笑さん!!」
「よし。離せ、リーベ」
黒龍の眼前で俺を抱いたリーベは手を離す。
空中で俺は終焉の黒龍と対峙した。
俺が握っている神器【スキルカウンター】に表示された数字は『1』。
表示された数字は俺の寿命だ。
アカリが言うには、カウンターを回すと数字が減り一度だけ強力なスキルを使える。
つまり、カウンターを回しスキルを発動すると、数字は『0』となる。
だからどうした?
覚悟を既に決めていた俺は、一瞬の迷いもなく握りしめた【スキルカウンター】を回した。
カウンターを回したことで表示された数字は『0』となり、俺が死ぬことが確定する。
カウンターは俺の命を燃やすかのように光り輝き、スキルを発動する準備を始めた。
――俺は前の世界でずっと孤独で、生きてて良いことなんてなかった。
あるはずがないと思っていた。
その憂さ晴らしを暴力で解決してきた。
だけど、世界が変わればこうも変わるのか。
あるいは前の世界でも、世界の見方を変えればそうだったのかもしれない。
ずっと独りだった俺は、この世界じゃ誰かに頼らなきゃ生きていけない。
前の世界じゃ人に弱味を見せずに生きてこれたが、この世界では俺は弱味を隠せない程弱い。
リーベがいなければ今も生きていたか怪しいし、【四大災厄】と呼ばれる黒トカゲの目の前までは、絶対に近づけなかっただろう。
スライム以下のステータス。
だからこそ大切なことに気付けた。
俺は振りかぶる。全身全霊の拳を。
前の世界では憂さ晴らしで振るっていた拳を。
この世界では大切なモノを守るために。
「うおらぁぁぁ!!」
【一撃必殺】
俺が右手で握った光り輝くカウンターごと、黒龍の鼻っ柱を全力で殴りつけた瞬間、終焉の黒龍は【スキルカウンター】同様光り輝いた。
リーベが、シュティレが、闘う騎士や冒険者が、避難する街の人達が、敵である魔物の群れまでもが、上空の光を放つ巨体を見上げる――。
「グガァァァァ!!」
叫び声を上げ、巨体を太陽の如く光り輝かせた終焉の黒龍。
次第に体光は粒子と変わっていき、やがて空気と交わり飛散し、終焉の黒龍の巨体は塵も残さず消えた。
【四大災厄】終焉の黒龍の――死。
この世界で続く歴史の中で一度も起きなかった出来事が目の前で起きたことで、人間も魔物も皆呆然としており戦いの手を止めている。
先程まで殺し合いをしていたのが嘘のようだ。
勇者が魔王を倒す――そんな本の中の物語より、ありえないことが起きていたからかもしれない。
「終焉の黒龍が……消えた……?」
「嘘……」
リーベとシュティレですら何が起きたかわかってなさそうで困惑しているが、それもそうだろう。
神具の存在なんて知らないのだから。
「グガッ! ギャヒッギャヒッ!」
「ガウゥゥ!!」
黒龍の死を目の当たりにした魔物の群勢は、統率を失ったのか四散していった。
終焉の黒龍に引き連れてこられた魔物達は、元居た場所に帰るのだろう。
魔物達がスペランツァの街から離れていき、騎士や冒険者達は勝利を確信し――歓声を上げた。
「やったあぁぁ!! 助かったぁぁ!!」
「生き残ったぞ、俺達!!」
抱き合う者、泣く者、叫ぶ者。
形は違えど皆、喜びを表現している。
――終焉の黒龍を倒した俺は、空中を落下していた。
高所から落下したことなんて初めてだが、中々に怖いな。
「一笑さん!!」
落下していく俺を飛んで来たリーベがキャッチし、図らずとも俺はリーベに空中でお姫様抱っこをされる形となる。
おい。何だ、この辱めは。
「何で……!? 一笑さんはスライム以下のステータスで……子供にも劣るはずなのに……!!」
歴史上誰も倒せなかった【四大災厄】の討伐。
それをスライム以下のステータスの俺が可能としたのは、俺が【スキルカウンター】を回し発動させたスキル。
【一撃必殺】
俺の前世のあだ名でもあり、この世界でステータスとして表示された称号でもある。
この世界において、スキルと称号が密接な関係にあることから、俺の唯一の称号である【一撃必殺】が俺のスキルなのではないかとふんでいたが、どうやら正解だったようだ。
だが、そんなことは関係ない。
スキルが有効なモノで無かったとしても、俺は終焉の黒龍をぶん殴っていただろう。
――それより、何でスライム以下のステータスの俺が終焉の黒龍が倒せたか、だったか?
決まっている。
リーベと約束したからだ。
「お前に倒せないモノは俺が倒すと言っただろうが」
リーベは急に顔を赤くし、俺を抱きしめる力を強くした。
「はうぅぅ……」
「う……ぐぁ……」
おっと、リーベさんや。俺の体がミチミチ言ってるぞ?
頼む、離してくれ。誰か助けろ。殺される。
俺の体がリーベに潰される前に地上に俺達は着地する。
「お、おい……早く下せ……」
「……はぅ!? すみません!! 大丈夫ですか!?」
「ああ……大丈夫だ……はぁ、はぁ……」
強くお姫様抱っこをされて、背骨が折れて死ぬというみっともない死に方は回避できた。
虫の息にはなったがな。
俺がケホケホと咳をしていると、馬に乗ったシュティレが来る。
付き合いは短いが、柄にも無く興奮してるように見えた。
「スライム以下のステータスなのに、どうやって【四大災厄】を倒したの? 終焉の黒龍が消えたけど、どんなスキルを使ったの? そもそもあなたにはスキルがないはずなのに、どうしてスキルを使えるの?」
ロボのように一定ではあるが、早口過ぎて何を言ってるのか良くわからん。
よし、コイツは無視しよう。
――そう決めたその時、俺は自身の体に違和感を感じ始める。
「……どうやら時間らしいな」
「一笑さん!? 体がっ……!!」
俺の体は足から終焉の黒龍同様、光の粒子へと変わっていく。
痛みはない。むしろ、心地良いくらいだ。
「これは一体……!? どういうことですか!?」
さて、俺は【スキルカウンター】を回したことで寿命が尽きて、これから死ぬわけだが――。
馬鹿正直に言う必要もないだろう。
この世界に来て、俺は嘘を覚えたからな。
「実は俺は神であるアカリに、終焉の黒龍を倒すために別の世界から呼ばれたんだ。その役目を終えたから元いた場所に帰るだけだ。本当は記憶喪失でも何でもない」
俺は前の嘘を明かすことで、新たな嘘を隠す。
今度は自分を守る嘘じゃない。
リーベやシュティレを後悔させないための嘘だ。
「そんな……!!」
「色々嘘ついてて悪かったな」
前の世界じゃ謝ることなんてなかったな、そういや。
謝ることもできるようになったのか。
俺も変わったもんだ。
死ぬ前にようやくまともな人間に少し近づけた気がする。
「そんな……そんなことはどうでも良くって……!! じゃあもう一笑さんとは逢えないんですか!?」
「……ま、そうなるな」
話してる内に足は完全に無くなる。
俺はどうやって立ってんだ。
「こんな急に……!! どうして言ってくれなかったんですか!?」
「ずるい」
急な別れを告げられたリーベは、心の整理がまだつかない中、涙目となる。
シュティレも眉毛をハの字にしていて、どこか悲しそうだ。
「クレームはアカリに言ってくれ。アイツは邪神だ。とんでもない極悪人だからな」
よしっ。
この噂が広がり、スペランツァにあったアカリの像が信仰深い者に破壊されれば、俺の心残りが無くなる。
他にやり残した事は無いか?
……そういえば、一つあったな。
多分、一番大切なこと。
「リーベ」
「……はぅ?」
「俺は結果的にだが、お前とお前の大事にしてるモノを助けた。俺に感謝してるか?」
「当たり前じゃないですか!! それに、私はまだ……」
「なら最後に報酬をよこせ」
俺は俺のために終焉の黒龍を倒した。
だげど、その報酬くらいは要求したっていいだろう。
「……笑え」
色んな理由があったが、結局はそのためだったのかもしれない。
気を使った笑顔ではない。
他人に向けられた笑顔でもない。
俺だけに向けられた、リーベの本当の笑顔を見たかった。
「泣くな。最後に笑え、リーベ」
もう俺の体は頭しか残っていない。
他は光となって既に消えた。
別れのために残された時間はもうない。
俯いていたリーベは勢いよく顔を上げ、涙を払い――。
「一笑さん、本当にありがとう」
リーベが笑ったその時、俺の視界は消え――。
俺は死んだ。
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