第13話

 俺は上空で闘うリーベの元へと向かう。


 戦場に足を踏み入れ、驚くべきことに気付いた。

 魔物が俺に見向きもしないのだ。

 おそらく敵と認識されていないのだろう。

 スライム以下のステータス……故に無害という訳だ。

 

 わざわざ戦場を馬で大外回りする必要もなかったかもしれん。

 悲しくなってくるがな。


 間違っても魔法やら弓矢やらの流れ弾に当たらないように気を付けながら走り、リーベと【四大災厄】終焉の黒龍が闘う真下に辿り着いた。


 俺は肺に空気を入れ、思い切り上空に向けて叫ぶ。


「リーベ!!」


「一笑さん!?」


 リーベは俺が戦場にいることに気付くと、黒龍との戦闘から離脱し、俺の近くにとんでもない速さで着地した。

 リーベが着地した風圧で吹き飛ばされそうになるのを堪える。


 着地した風圧でリーベのスカートが捲り上がり、俺がリーベのピンク色のパンツに目を奪われた直後、リーベの戦闘力を脅威に感じた周囲の魔物が俺達に襲いかかって来た。


 やばい、こんなデカイやつらの攻撃を食らったら俺は即死だぞ。


「一笑さん……!? 何でここに……!?」


 リーベは俺が戦場にいることに驚きながらも、俺達を襲って来た魔物達を剣の一振りであっさり切り裂いた。

 いや……強っ。


「何でって決まってるだろう。お前とお前が大事にしているモノを守りに来た。それと……俺のケツをふきにな」


「一体何の話を……!?」


 再び魔物達が襲いかかって来る中、リーベは俺を抱えて空へと逃げた。


「避難している皆の元へと運びます! 一笑さんは逃げて下さい!!」


「リーベ。お前、あの黒トカゲを倒せるのか?」


「……はい、倒せます!! 私はSランク冒険者なんですよ!? だから安心して避難してください!!」


 また嘘をついた。

 自分を守る俺の嘘とは違い、他人の俺を守るための優しい嘘だ。


「シュティレが鑑定とやらをして、人間じゃ絶対に勝てないと言ってたぞ。あいつは【四大災厄】ってやつなんだろ?」


「!!」


「スペランツァの人達を逃すために、命を懸けて時間稼ぎしてるんだろ?」


「…………」


 リーベは沈黙する。

 俺はその沈黙を、肯定と受け取った。


「ふざけるなよ。そんなことをして誰が喜ぶ? お前が死んで生き残った人間の気持ちを考えろ」


 俺は偉そうにもリーベに説教をする。

 今までのリーベの行動を否定することはわかっている。

 それでも言わねばなるまい。


 ぐっと握りこぶしを作り、次第に涙ぐむリーベ。


「……そんなこと言ったって……仕方ないじゃないですか!! 私の恩人の人達が死ぬかもしれなくって……! 私だけが助けられるかもしれなくって……! それなら闘うに決まってるじゃないですか!!」

 

 Sランク冒険者であるが故に、色んなモノを一人で背負っていたのだろう。

 いや、リーベ本人の優しい性格が背負わせたのかもしれない。


 涙ながらの叫びに、初めて俺はリーベの本音を聞いた気がする。


「それに私は一笑さんも守りたいんです……!! だから逃げてください!! 私が時間を稼ぐから――」


 俺は戦闘に戻ろうとするリーベの頭に、自分が痛くない程度にコツンと拳骨を食らわせた。 

 リーベは何事かと、キョトンとした顔をしている。


「お前の力で、あの黒トカゲの目の前まで俺を連れていけ」


「何言ってるんですかっ、一笑さん! スライム以下のステータスじゃ黒龍の鼻息で死んでしまいますよ!? だいたい黒龍の元に行ってどうする気ですか!?」


 あいつの鼻息ですら死ぬのか、俺は。

 さすがにその死に方は勘弁願いたいものだ。


「言ったろうが」


 だが、俺は退かん。


「たまには俺を信じて頼れ、リーベ」


 俺はリーベの泣いた顔なんぞ見たくはない。

 リーベの笑顔を見たいんだ。






「お前に倒せないモノは俺が倒す」






 死んでもやらなきゃならんことがあるもんだ。

 男ってのはな。



*****



 至極当然だが、俺は空なんぞ飛べん。

 戦場で飛んでいる人間が少ないことから、空を飛ぶスキルを持っているヤツはどうやらレアみたいだ。


 終焉の黒龍をぶん殴れる間合いに近づくため、俺はリーベに後ろから抱えられ、上空へと飛んだ。

 背中には不可抗力で巨大な二つのマシュマロが押し付けられている。


 なんて柔らかいんだ……。

 俺は女なんぞに興味もなかったが、世の男共が女のケツを追っかけ回す理由がわかった。


 俺が邪念と闘うため、念仏を頭の中で唱えようとしていると、目の前に巨大な黒い壁が突如出現する。


「……っ!!」


「あん?」


 いきなりのことに俺が何も理解出来ずにいると、前に向け飛んでいたリーベは、黒い壁を避けるために勢いよく方向を変えた。


「うおああぁぁ!!」


 まるでジェットコースターかのように揺さぶられ、思わず悲鳴をあげてしまう。


 先程俺達が方向を変えた空間を確認すると、どうやら終焉の黒龍が尻尾を振ったみたいだ。

 黒龍が降った尻尾に巻き込まれた魔物達は、内臓をばら撒きながら、その身を四散させていた。


「……なるほど、とんでもないな」


 ブレスや、その身を使った羽や尾による攻撃は、俺の貧弱なステータスでなくても、その全てが即死級。

 俺なら先程の攻撃の余波ですら死んでいるはずだが、生きているのはリーベが俺を抱いて飛んでいるおかげだろう。


「近寄れない……!!」


 相手は【四大災厄】終焉の黒龍。

 前の世界でいう地震、雷、火事、親父のような自然災害みたいなモノだろうか。


 人類最強のSランク冒険者のリーベすら子供扱い。

 そんな敵に俺という荷物を抱えて飛んでいるリーベは、黒龍の攻撃を避けるのに必死で近付ききれずにいた。


 リーベは優しいヤツだ。

 俺が黒龍を本当にどうにかできるのかという強い疑念を抱きながらも、黒龍と戦おうという俺の意思を尊重し、俺が絶対に死なないように細心の注意を払っている。


 当然だろう。

 リーベにとっては、生まれついた世界での理……それがステータスだ。

 スライム以下のステータスの俺が、【四大災厄】の漆黒の黒龍に敵うはずがない。

 ましてや、俺がアカリに借りた神具を持っていることなど知りもしないのだから。


 だが、それでは永遠に黒龍に近づけはしない。

 俺を死なせないようにすればするほど、ジリ貧になってリーベ共々死に近づく。


「くっ……!!」


 俺を抱いたリーベは黒龍と距離を置き、黒龍の攻撃の射程圏外へと離れた。

 リーベは歯がゆそうに、苦虫を噛み潰したような顔をする。


 このままではこの喧嘩……負ける。

 【スキルカウンター】を回して黒トカゲをどうにかできるかわからんが、リーベがヤツに敵わん以上可能性はそれしかない。


「――気に入らんな」


「……え?」


 俺の突拍子もない言葉に、リーベは黒龍に注意を払いながらも耳を傾けた。


「アカリのバカも、あの黒いトカゲも、俺のステータスも、リーベが俺を守るべき対象と考えていることも」


 俺は知らん。

 まともな人間がどう生きているかなど。


「俺は俺のために気に入らんヤツはぶん殴る。女子供だろうが、ドラゴンだろうがな」


 俺はずっとそうして生きてきた。

 それ以外の生き方なんぞ知らん。


 だからリーベ。

 俺が死んだとしても何も気にするな。

 俺は俺のために死ぬのだから。



「俺を信じろ、リーベ」



 俺はまっすぐリーベを見つめる。


 リーベに俺の意志が伝わったのか、覚悟を決めたように目付きが変わった。

 今までも当然決死の覚悟だっただろう。

 しかし今回の覚悟は、俺の命をも賭ける覚悟だ。


「……私の生命力を魔力に転換して、速度をあげます。一笑さんを抱えて近付けるチャンスは、おそらく一度だけです。それでも……大丈夫ですか?」


「一度近付ければ十分だ」


 リーベは更なる速度を出すため、スキルを発動する。



【生命力転換】



 リーベはありったけの生命力を燃やし始める。

 燃やした生命力は魔力に転換され、リーベの速度を上昇させた。

 その速さは――第三世界一位の速度。


「……っ……!!」


 ジェットコースターなど比にならない程の速さ。

 というより本物のジェット機並の速さは出ており、胃液が逆流するのを堪えるので精一杯だ。


 終焉の黒龍に近づこうとすると、黒龍はその巨体を生かした攻撃を駆使して、俺達が至近距離まで寄ることを拒む。

 一撃でももらえば俺は確実に死に、リーベですら危うい。


 それでもリーベは、俺が言った何一つ確証もない「倒す」という言葉を信じて、黒龍に近づくために紙一重で攻撃をかわしていく。



 ――そして、遂に俺達は黒龍の眼前にまで辿り着いた。


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