第8話

 朝飯を食べ終わった俺とリーベ。

 リーベは食器を片付け始め、俺は食卓の椅子にもたれかかった。


「ふぅ~……朝なのに食いすぎちまった」


「美味しかったですか?」


 リーベはそわそわしながら聞いてくる。

 俺ががつがつ食べていたのが、嬉しかったのだろう。

 俺はリーベから空になった食器に目線を逸らし、リーベの質問に答える。


「……まぁまぁだな」


「はぅ……精進します」


 こういう時に美味しかったと素直に言えれば、リーベを笑顔できたかもしれんだろうが、俺は言えなかった。


 人を褒めたこともない上、本音で喋れる相手が前の世界でいなかったこともあるせいか、どこか照れ臭い。

 照れ臭がっている場合じゃないんだけどな。

 何やってるんだ俺は。


 もちろん自分が生きるためにリーベを笑顔にしたいのだが、第三世界に来て俺は気付いた。


 いかに、俺が自己完結の人生を今まで送ってきたかということに。

 ふとした一言で人を笑顔にさせれたのかもしれないが、今まで俺はそんなこともしてこなかったんだ。


 リーベの笑顔を見れるチャンスを逃した俺が自分の今までの生き方を振り返っていると、スペランツァの街に大きな鐘の音が鳴り響く。


「!!」


「……? 何だ?」


 何で鳴っているのかわからんが、五月蝿い鐘の音だ。

 鐘の音を聞いたリーベは片付けている際中の食器を雑に置き、食卓にかけていた剣を手に取って、急いで玄関のドアを開けて外に出た。 

 俺も思わずリーベに付いていく。


 何をそんなに慌てているんだ。

 この鐘の音には何かあるのか?


「おい、リーベ。どうした?」


「直ぐに戻ります! 一笑さんはここで待っていて下さい!」


 リーベは俺にそう告げると――。



【飛翔】



 風を纏い、空へと飛び立つ。

 

 ……あん? 空へと飛び立つ?

 人って空を飛べたっけか?

 何か色々良くわからんが――。


「……そういや、前の世界でも人って飛んでた気がする」


 俺は空へと飛んで行ったパンツ丸見えのリーベを見上げて、考えるのが面倒臭くなり、そう結論付けてリーベの部屋へと戻った。



*****



 風魔法で飛んだリーベは、上空からスペランツァの周囲を確認し、北からスペランツァに向かう二千の魔物の群れを確認した。


「な……何……!? あの数……!?」


 これ程の数の魔物が襲ってくることなど通常ありえない。

 統率がとれた二千の魔物が人間の街に襲ってくるという、明らかな異常事態。

 Sランク冒険者であるリーベですら、初めて見る規模の魔物の軍勢を見て、動揺を隠せない。


「一体何で……!? ……くっ……今はそんなことを考えてる場合じゃない!! 急がないと……!!」


 リーベは魔物の大群が襲ってくる原因を少し考えたが、今は原因を探るより現状に対処することを優先しなければならないと割り切り、行動に移し始める。



【風声】



 リーベはスキルを使い、風を呼ぶ。

 風は特定の人間へとリーベの声を運んだ。


「シュティレ!! 聞こえる!?」


『聞こえているから落ち着いて。鐘が鳴ったことについて?』


 風が今度は、リーベの元にシュティレの声を運んで来る。

 まるで糸電話での会話のようだ。


 【風声】で話せる対象は一人。

 リーベが声を届けたのは、最も信頼を置いているシュティレである。

 シュティレならこの状況でも、混乱せずに対処してくれるであろうとふんだのだ。


「そうよ。二千を越える魔物の大群が北から迫っているわ……何故かは検討もつかないけれど」


『リーベ、どうにかできそう?』


「……私もあんなありえない数を見るのは初めてだからわからない。シュティレは冒険者ギルドに伝えて、街の皆と南門から王都に避難して」


『わかった、すぐ上に伝える。街の皆は任せて』


 リーベは自身が魔物の大群との戦闘に参加した際、一つだけ引っかかる要因があった。


「……後は、これは個人的なお願いになるんだけど……」


『何? 言って』


「一笑さんを一緒に連れていって欲しいの」


 リーベは一笑と短い間ではあるが共に過ごし、一笑の性格を何となく理解していた。

 一笑は不器用ではあるが、悪い人間では絶対ない。


 リーベがこれから魔物達と闘うと知れば、一笑はリーベを心配して連いてくるであろうと予想していた。


 一笑のステータスはスライム以下。

 一笑が闘いに参加すれば、あるいは闘いに巻き込まれれば、どうなるかなど容易に想像ができた。


『断る。リーベが魔物の大群を倒し、戻って来て面倒を見ればいいだけ。あたしは知らない』


「お願い……」


 シュティレは内心、一笑をそれなりに気に入っているため、一笑の面倒を見るのは別に構わなかったが、リーベがまるで戻って来ないかのような仮定で話していることが気に入らなかったのである。


 しかし、スペランツァの街の人間を守るため、死地に赴くリーベの願いを断ることなど出来るはずがなかった。


『……わかった』


「ありがとう。一笑さんには大した群れじゃないけど、念のために街の人を避難させると伝えておくから合わせてね」


『リーベ、約束して。必ず戻ってくるって』


「……私を誰だと思ってるの? 世界に四人しかいないSランク冒険者よ」


 リーベはシュティレの返答を聞く前に、声の送受信を行っていた風を止め、自らの家にいる一笑の元へと急いで向かう。



 スペランツァの戦力は、騎士と冒険者がおよそ五百人くらい。

 迫りくる魔物の数は、二千程。


 魔物は危険度によってランク付けされており、同ランクの冒険者が四人以上のパーティーで挑むのが鉄則。

 同ランクの相手でも一対一では、とても魔物には敵わない。


 故にこちらの戦力が魔物の四分の一しかいないというのは絶望的な状況と言え、リーベはシュティレを心配させないため、ただ強がりを言っているだけであった。


「私がどうにかしないと……この街は……スペランツァは私が守らないと……!!」


 Sランク冒険者の宿命。

 リーベはこれまでも守ることはあっても、守られることなどまず無かった。


 頼れる人間がいなく、世界最高峰のSランク冒険者の力を持つ彼女は、負けることのできない闘いに、いつもと同じように孤独に臨む。



 今回は守れないかもしれない――そんな不安を抱えたまま。

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