第9話

 リーベが空から戻ってくる。

 パンツどころかへそまで丸見えだ。

 アカリもそうだが、何故こいつらは飛ぶくせにズボンを履かんのだ。


「一笑さん、お待たせしました」


「別に待ってないがな。疾風の……もとい、ピンク色の戦姫様」


「……はぅ!?」


 リーベはピンク色というワードにパンツを見られたことに気付き、顔を赤らめながらスカートを慌てて手で押さえるが、時既に遅し。

 しっかり俺の脳内に記憶された後であった。


「それで何だったんだ? 鐘の音が鳴った原因を確認しに行ったんだろ?」


「い、いや……その……魔物の群れが襲って来ているんですよ、スペランツァに……」


「……何?」


 それってまずいんじゃないのか?


「あ、っと……でも大丈夫です! 大した数の群れではないですし、私だけでも充分対応できます! 念のために騎士や冒険者にも助力をお願いして、スペランツァの住人には避難してもらおうとは思っていますが」


 ……そうなのか?

 そういえばリーベはSランク冒険者だったな。

 魔物の群れくらいどうにでもなるということか。


 しかし魔物の群れか……面白そうだ。


「俺も行く。連れてけ」


「はぅ!? 駄目ですよ! 一笑さんのステータスじゃ何かあったら死んじゃいます!」


 そりゃそうかもしれんが、前の世界で【一撃必殺】と呼ばれていた俺の血が騒ぐ。

 この世界での闘いとやらを見てみたい。


「どうしても?」

「駄目です!」


「遠目でも?」

「駄目です!!」


「連れて行かなきゃパンツの色を言いふらすぞ」

「どっちも駄目です!!」


 やはり駄目か。

 俺も今日中に人を笑わせて寿命を伸ばさないと死んじまうし、今回は大人しく言うことを聞いとくか。

 生きていればまたの機会はあるだろう。


「ちっ……わかったよ」


「ふぃ~……良かったです。では、シュティレが迎えに来るので待っていて下さいね。シュティレの指示に従って避難して下さい。絶・対、ですよ!」


 シュティレの言うことを聞くのか、最悪だな。

 あいつに主導権を握らせたら、三回回ってワンと鳴けとか普通に言い出しかねん。


「もうわかったっての」


 俺は手をヒラヒラさせて、リーベに向けて早く行ってこいと示す。

 にも関わらずリーベは何か言いたそうに、立ちすくんでいた。


「……それと、あの……一笑さん……」


「あん? まだ何かあるのか?」


「はぅ!? ……何でもありません! お元気で!!」


 リーベはワガママが通らないで不機嫌な俺を見て、慌てて飛んでいった。


 お元気で、とは何だ?

 避難は一時的なモノで、お前が魔物の群れを退治したら俺はここに戻ってくるつもりだぞ。


 リーベから受けた恩を返さねばならんからな。

 決して家なき子だからではない。


「さて、俺もやることをやるか」


 俺はシュティレを待つまでの間、一発ギャグのネタを考えるとしよう。

 もう二度と滑らないためにも。



*****



 スペランツァ北門から出た先の街道では、既に魔物達との戦闘が始まっていた。



 ――否。



 蹂躙が始まっていた。


「うわぁぁ!!」

「俺の足!! 足がぁ!!」


 魔物による一方的な蹂躙。


 魔物の攻撃で上半身を吹き飛ばされる者、腹に大穴を空けられる者、下半身を切断される者達がそこにはいた。


 その脅威からAランクと認定された魔物が大口を開け、スペランツァを囲う城壁の上で軽口を叩いていた騎士を、今正に丸飲みにしようとしている。


「……死んでまた人間に転生できたら、ハーレムだったらいいねぇ……」



 軽口を叩いた騎士が死を覚悟したその時――。



 リーベが上空から落下してき、大口を開けた魔物の口を閉じるかのように踏み潰し、息の根を止めた。


「……俺のハーレムのヒロイン候補か……?」


 軽口を叩いた騎士が更なる軽口を叩く中、Aランクの魔物を瞬殺したリーベの思考と目は既に次に向いており、リーベは腰に掛けた鞘から剣を抜いた。



「魔法剣、壱式。【疾風怒濤】」



 リーベは魔法を唱え、全身に風を纏う。

 そして、魔物の大群に向け単身で突撃し、剣を振るった。


 その速度は、正に疾風。


 指向性をもった数百、数千にも及ぶ剣線はリーベが通った後の魔物達を細切れにする。

 リーベが高速で通った後には、魔物の死体以外には何も残らない。


 魔物の死体の道を作り、魔物の大群の最後尾で静止したリーベに対して、十数体の魔物が同時に襲いかかる。


 どれもが高ランクの魔物。

 その一体一体が、冒険者がパーティーで命懸けで挑むような魔物達だ。



「魔法剣、三式。【風刃】」



 リーベは魔法で剣に竜巻を纏わせ、全力で振るう。


 横薙ぎに振るわれた竜巻の刃はリーベの手元を離れ、襲いかかる魔物達を巻き込み、それ以外の大量の魔物達も微塵切りにしていく。

 たった一撃で数十の魔物を葬り去った。


「スペランツァには一匹たりとも通しません」


 リーベは剣を構え、魔物の大群へと再び対峙する。

 魔物の大群はリーベの強さを恐れたのか動きを止め、奇しくも魔物の大群はスペランツァとリーベに挟まれる形となるが、リーベの狙い通りであった。


 リーベが魔物を掃討した様を見て、騎士や冒険者は唖然としていた。


「あれがSランク……人間じゃねぇ……」


 年齢が若く女性であるリーベとの力の差を感じ、騎士達は情けない気持ちになるが、Sランク冒険者のリーベが戦闘に介入したことで闘う勇気が湧いてくる。


「いけるぞ! リーベに続け!」



 その時――。



 遥か上空から巨大な影が、リーベに向け飛来していた。

 その速度は、【疾風の戦姫】と呼ばれたリーベがスキル使用時と同等、あるいはそれを越えている。


 リーベはスキル【危険感知】にて、第六感でその脅威の気配を捉えた。



「!? 【瞬歩】!!」



 リーベは捉えた気配のあまりの禍々しさから、迎え撃つという判断を本能的に捨て、スキルでその場から紙一重で離脱する。


 リーベが直前までいた場所に巨大な影が突っ込み、周囲の魔物達を吹き飛ばし、砂煙を上げた。


「何だぁ!? 何かでけぇのが空から落ちてきたぞ!」


「あれは……!?」


 騎士達と冒険者が驚く中、砂煙が晴れていき、間近にいたリーベが誰よりも早く、巨大な影の正体を確認する。


「まさか……嘘……」


 晴れた砂煙から現れたのは、禍々しい巨大な漆黒のドラゴン。



「【四大災厄】……終焉の黒龍!?」



 咆哮を上げた黒龍は、第三世界において【四大災厄】と呼ばれる、第三世界最大の脅威の一つであった。

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