第6話

「二人とも早く。お腹すいた」


 俺がアカリの不幸を願っていると、シュティレは露店を巡る人の波に自ら飲まれに行っている。

 見ようによっては、海で溺れた子供が助けを求めているようにも見えるだろう。


「私たちも行きましょうか」


 仕方ない。

 俺達も人の波に飲まれに行くとしようか。

 あの像の記憶を消し去るためにも――。



 俺達は人波に流されながら、露店で食べ歩きをしたり、アクセサリーや武器や防具を見ていく。

 前の世界にありそうな物と、見たことも無い物が混在しており、俺は年甲斐もなく楽しんでいた。

 楽しんでいるのがバレたら何となく恥ずかしいから、あくまで無表情だが。


 リーベは街の人に捕まり談笑している。

 俺とシュティレはリーベを眺めながら、何かよく分からない串揚げを黙々と食べていた。


「一つ気になったんだが……」


「何? 社会のゴミ」


 人間のクズの後は、社会のゴミ呼ばわりか。

 こいつは俺に何か恨みでもあるのか?

 まともな受付をしないくせに人を貶すのだけは一流だな。


「リーベはどうして、あんなボロい長屋に住んでるんだ? Sランク冒険者ってのは、皆そうなのか?」


「違う、リーベが特殊。Sランク冒険者は過酷な任務を受ける代わりに、その報酬も莫大」


 そうだろうから謎なんだが。

 露店の食べ歩きも全てリーベ持ちだしな。

 まったくもって情けない話だ……モグモグ。


「リーベとあたしは孤児院で育った。スペランツァの孤児院は、街の人達の税金で運営している。街の人達は孤児院育ちのあたし達に税金の文句を言うどころか、とても優しかった」


 リーベとシュティレは孤児なのか。

 そこは深くは聞かないようにした方が良さそうだ。


「リーベは幼い頃から闘う力に長けていたから、高ランク冒険者となり街の人達に還元しようと考えた。だからリーベは、自分の生活に必要最低限な金銭しか持たず、残りは国とスペランツァに納めている」


 なるほどな。

 それでリーベはあんなオンボロの長屋に住んでいるのか。


「……底無しのバカだな。俺なら俺が大金持ちになれば、後は知らんと切り捨てる」


「あたしもそう。だけどリーベは違う。リーベはこの街を拠点にして、魔物から守ってもいる。根っからのバカ」


 自らを犠牲に他人を助けるなんて、どっかの神とはえらい違いだ。


 俺はリーベと町の人が談笑するのを、遠目に見る。


「リーベちゃん。あのゴツそうな兄ちゃんは彼氏かい?」


「一笑さんはそんなんじゃありません! もうっ、やめてくださいよ!」


 しかし、リーベはこの町の人達と話すとき、本当に楽しそうによく笑うな。

 町の人達がリーベにとって大切な人達なのだろう。


「あれ……? ちょっと待てよ……」


 リーベの町の人達に対する笑顔を見たときに俺はあることに気付いた。



 今までリーベの俺に向けた笑顔は、作り笑顔だということに。



 俺はスライム以下のステータスで、リーベは記憶喪失だとも思っている。

 だから俺のために笑っていたんだ。

 不安な俺に気を使わせないように。弱い俺を安心させるために。


 確かに、そんなものは笑顔ではないな。


 優しいやつだ。

 きっとこの町の人達がリーベに優しくしたから、リーベも優しくなったのだろうな。



 俺の寿命に関係なく、俺にだけ向けられたリーベの心からの笑顔をいつか見てみたいと、そう思った。



*****



 小さな影。大きな影。空を飛ぶ影。地中を蠢く影。

 様々な影は移動をしていた。 



 その数、二千。



 それを率いる、夜空を舞う一際巨大な影。

 一際巨大な影が二千の魔物を統率するため、咆哮を上げた。



「グガァァァァ!!」



 ラウネン国のスペランツァに向けて、まるで蜜にたかる蟻の如く、魔物の大群が歩を進める。


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