第5話
リーベの家で食事を済ませくだらない会話をしている内に日が落ち、スペランツァは闇に包まれていた。
「泊まって……いいのか?」
「だって一笑さん、無一文でしょう?」
リーベはどうやら俺を部屋に泊める気らしい。
確かに無一文だから助かるが……いいのか?
底無しの良いやつか、ただのバカだと思っていたが、どうやら後者かもしれないな。
「確かに一銭も持ってないが……俺とお前は男と女だぞ?」
「それはそうですけど……もし一笑さんが寝込みを襲ってきたとしても、一笑さんのステータスなら、私のパッシブスキルの【風障壁】が私を守った反動で死ぬと思います」
「……あん?」
反動くらいで死ぬほど俺が弱いという意味か?
どれだけ侮られているんだ?
というより、俺は男とも見られてないのか?
「はぅ!? 何かすみません……」
ただ、言っていることはもっともだ。
何せ俺はスライム以下のステータスしかないからな。
スキルとやらがどんなものかは知らんが、瞬殺なんだろう。
むしろ俺の心配をして泊めてくれようとしてるのに、一時の感情に流されてはいかんな。
これからは前の世界と違って慎重に生きねばならない。
何せスライム以下のステータスで、寿命は三日しかないのだから。
……三日ってどうすんだ。
「分かったよ、リーベ。泊めてくれ。ただ、長居はしないつもりだ」
「仕事が見つかるまでいてもらって大丈夫ですよ」
リーベはニコッと笑う。
底なしに良いやつだな、こいつ。
良く今まで無事生きてこれたもんだ。
リーベが笑ったことで、アカリの言っていたことを思い出す。
俺はズボンのポケットに入っているカウンターを取り出し、数字を確認した。
【スキルカウンター】には変わらず『3』と表示されていた。
笑顔にさせたら数字は増えるんじゃなかったのか?
アカリの言うことなので当てにはなりそうにないが、笑顔にも色んな笑顔があるのか?
どうやらリーベの先程の笑顔はカウンターに関わるモノではなかったみたいだ。
*****
こちらの世界に来て一日が経ち、カウンターの数字は『2』となった。
俺の寿命は、残り二日。
今日はリーベに誘われ、シュティレも含めて三人で街の散策をしていた。
両手に花か……俺には似合わんな。
照れ臭くはあるが、人を笑顔にしないといけないのであれば、他人と関わらない訳にはいかないので、やむを得まい。
俺達が繁華街へとやって来た。
数多くの露店が出店しており、とても賑わっている。
祭りの時の出店みたいだ。
「人間のクズ、早く来て」
俺が前の世界にはない露店の売り物を珍しそうに見ていると、シュティレは相変わらずのジト目で手招きをしてくる。
誰が人間のクズだ。
こいつはそう呼ばれる人間の気持ちを考えたことはないのか。
「シュティレ駄目だよ、そんな呼び方しちゃ! 一笑さんには一笑って名前があるんだから!」
「スライム以下のステータスなんだから仕方がない。悔しかったら強くなればいいだけ。あ、レベルがこれ以上上がらないから強くなれないか。ぷぷっ」
どうやらシュティレ曰く、俺に人権はないらしい。
何という差別主義者だ。
そのにやけた顔面を、思いっきり殴ってやろうかと考えた……が。
「……ん?」
シュティレの今の腹立つ顔は笑顔か?
俺はズボンのポケットからカウンターを取り出し、数字を確認する。
カウンターの数字は変わらず『2』と表示されていた。
これも笑顔ではないのか……。
確かに笑顔ではなく嘲笑だったか。
「一笑さん、それは何ですか? 初めて見ましたが、何に使うんですか?」
リーベは俺が持つ神具【スキルカウンター】を不思議そうに見る。
まずい。カウンターは神であるアカリが作った物だ。
神具である【スキルカウンター】の説明をするということは、神のアカリに会ったことを説明し、前の世界から転移させられたことも説明しなければならない。
誤魔化さねば。
「……わ、わからん。ポケットに入っていた。記憶喪失になる前の持ち物なんだろう」
「……それは、とても大事な物ですね。一笑さんの出生などの手掛かりになるかもしれません。私でも見たことがない珍しい物なので、人に奪われないように気を付けて下さい」
「ああ……そうだな……」
俺のことを考えるリーベの真剣さを見ると、心が痛い。
そうか。一つの嘘をつけば、嘘を上塗りしていくことになるのか。
前の世界では他人と関わる機会があんまりなかったから、嘘をつくことなんてそうなかったからな。
今さら嘘をついていたことを言って責められたくもないし、どうしたものか。
「大丈夫ですよっ! 記憶はきっと戻りますし、ステータスが低くても生きてけます!」
俺が悩んでいると、リーベは俺が不安がっていると思ったのか、必死に困ったような笑顔で励ましてくる。
やめてくれ。
その笑顔は、嘘をついている俺の心に良く効く。
「そ、それよりアレは何だ?」
俺は話を逸らすために、繁華街の中心にある、噴水中央部の人の形をした彫刻を指差す。
美しい羽が生えた女性の像だ。
素人目にも、熟練の職人が長い時間をかけて作ったことが想像に容易い。
この像のモデルとなった女性はさぞかし高尚な存在なのだろう。
「あれは――女神アカリ様の彫像ですよ」
……あん? なんだって?
あの美しい彫像が……アカリの像?
冗談は俺のステータスがスライム以下なことと、俺の寿命がもう二日しかないということだけにしてくれ。
これ以上の冗談は俺のキャパオーバーだ。
「……頼む、嘘だと言ってくれ」
「ほぇ?」
「頼む!!」
「はぅ!? い、いえ……本当なんですけど……」
これが嘘をついた俺への報いなのか。
俺には眼を強く瞑り、眉間を摘まむことしか出来なかった。
願わくば、何かの間違いであの彫像が信心深い者の手によって破壊されてくれ。
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