第4話

 俺はステータスプレートを受け取った後、リーベの家に招待された。


 なんせ俺は無銭かつ無知かつ無力。

 寿命は三日だが、このままじゃ三日も経たずに死ぬ可能性が非常に高い。

 記憶喪失(笑)な俺を心配したリーベに、家に招待された時は渡りに船だと思い、まるで餌を与えられる前の犬の様に尻尾を振ってついていった。


 リーベの家というか部屋は、都市の外れにある見た目がオンボロの長屋の一室らしい。

 長屋にはそこら中にヒビが入っており、お世辞にも綺麗とは呼べない。

 世界に四人しかいないSランク冒険者なのに、こんな所に住んでいるのか?


「どうぞ、入って下さい」


「おう」


 それでも初めて入る女の家だ。

 喧嘩の前の高揚感とは、また違った高揚感。

 喧嘩の前はワクワク、今はドキドキ、そんな違いだろうか。


「……あん?」


 質素な部屋だった。

 生活に必要な最低限な物しかなく、娯楽用品はおそらく何もない。

 女の部屋ってのはもっと可愛い物で溢れてるんじゃないのか?


「女らしくない部屋だな」


 俺は思ったままの感想を述べた。

 女の部屋に入ったことはないが、想像とはまるで違った。


「ひどい……ってあれ? 記憶喪失なのに女の子らしいとか、そうじゃないとか、わかるんですか?」


「……何となくそんな気がしただけだ」


 危ない危ない。話をそらそう。


「それより俺のステータスについて話を聞きたいんだがいいか?」


 ステータスの話に話題を変えた途端、リーベの顔色が急に悪くなる。

 まるでこの世の地獄を見たかのような顔だ。


「そんなにヤバいのか? 俺のステータスとやらは」


「……はい、終わってます。子供にも劣るステータスです。しかも一笑さんの場合、救いようがないのがレベル1が最大値で、これから成長する見込みもないことです。こんな酷いステータスを見るのは生まれて初めてです」


 終わってるって、おい。

 少しはオブラートに包め。俺だって傷つくんだぞ。


「普通レベルは99まで成長するのか?」


「はい、一笑さんは極めて稀なステータスです。それに気になるのが、一笑さんはスキルが無いのにも関わらず、称号があることです。私は剣術と風魔法を極めたことから、【疾風の戦姫】という称号がついたのですが……称号があってスキルがないという人は初めて見ました。通常高いレベルまで昇華したスキルが称号を生むので……」


 俺にはスキルが無いのにも関わらず、【一撃必殺】の称号がついている。

 前の世界でそう呼ばれてたせいかもしれんな。


 アカリが俺によこしたカウンターを回せば、何らかのスキルは使えるんだろうが、一回回せば俺の寿命が一日減る。

 使い所もわからんし、使えんわ。


「過去に攻撃力1のヤツが実は勇者だったとかは?」

「ありえません」


「過去に攻撃力1のヤツが何かデカい魔物を倒したとかは?」

「ありえません」


 断言されたぞ。

 異世界に転移したら何かボーナスでもつけてくれんのかと思いきやこれか。

 アカリに次会ったら、絶対ぶん殴ろう。


「ステータスの数値は絶対で、世界の理です。例外なく数値により強さの優劣は決まります。これは研究により実証もされています」


 なるほどな。

 スライム以下のステータスの俺は、どう足掻こうがスライムには敵わないってことか。


 これから先、最弱の魔物にすら怯えて生きていかないといけない訳だ。

 それどころかスライムが子供にすら劣るなら、子供と喧嘩しても負けんのか。



「はっ……たまんねぇな……」



 強さを生きがいにしてた俺は、自分の最大の尊厳を失ってしまった。


 前の世界じゃ強さ以外何もなかった。

 俺の自信や誇りを生んでいたのは、間違いなく俺自身の強さだった。


 それが……今は独りで生きていく力も何もない。

 みっともねぇ……。


 へこんでいる俺を見たリーベは、気を使ったのかパンっと両手を叩く。


「元気が出ない時は食べましょう! お腹いっぱいにしてその後に考えたらいいんです! 何か作るので、そこで座って待っていて下さい!」


 リーベはエプロンを纏い、長屋の一室に備え付けられた台所へ向かった。


「いいのか? 払えるものは何もないぞ」


「いりませんよ、お金なんて」


 俺はリーベに指定された椅子に腰掛ける。

 こいつは本当に底無しの良いやつか、ただのバカだな。

 訳わからん記憶喪失の俺を家にあげて、飯まで作るというのだから。


 前の世界と違い、テレビも何もない。

 静寂が包む部屋の中、包丁でまな板を叩く音が聴こえる。

 心地の良いリズムだ。


 暫くすると音が変わり、何かを焼く音が聞こえてくる。

 これも俺にとっては心地の良い音で、眼を瞑って聞き入った――。


「お待たせしました!」


 聞き入っている内に、どうやら料理が出来上がったみたいだ。


「味に保証は出来ませんが、どうぞっ!」


「……あん……あんがとさん……」


 リーベに料理を出されて礼を言う。


 そういえば、俺が礼を言うなんていつぶりだろうか。

 前の世界じゃ俺はほとんど独りで、誰かと挨拶を交わすことも、礼を言うこともなかったからな。


 俺はナイフとフォークを手に取り、出された料理に手をつけていく。

 見たこともない料理だ。


 世界が違えば当然食も違う。

 カエルっぽい何かの足も見えるが、俺は構わずかぶりつき、食し始めた。


 勢いが良い俺の食いっぷりに、リーベは唖然としている。


「そんなにお腹が空いてたんですね……」


「…………」


「……えーと……味はどうですか?」


「……別に」


「あ……そうですか……」


「…………」


「あの……何で泣いているんですか……?」


「…………あん?」



 知らない内に、涙が出ていた。



 原因は自分のステータスが生涯スライム以下という現実に心が折れたからではない。

 俺は今まで誰かに飯を作ってもらったことがなく、自分のことは全て自分でしてきた。


 アル中の母親はガキの頃から、男の家に転がり込んでて、別れりゃたまに戻ってきて、また男が出来りゃ男の家に転がり混んでた。

 たまに帰ってきた時は、酒ばかり飲んでたな。


 だから飯は、いつも外食かコンビニ弁当。

 誰かが俺だけのために飯を作ってくれたことなんて一度もない。



 だけど、この飯は違う。

 間違いなく俺のために作られたモノだ。



「う、うるせぇ!! 目にゴミが入ったんだよ!! あんまうるせぇとぶん殴るぞ!!」


「はぅ!? す……すみません!」


 俺がリーベを殴った所で毛ほどのダメージにはならんだろうがな。



 異世界転移して、俺は生まれて初めて人の暖かさに触れ、涙を流した。


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