第2話

「……死ぬ?」


 無敵の俺が? ありえねぇ。


「あんたが今日殴った半グレってヤツらに銃で撃たれるらしいよっ! 残念でしたっ!!」


 マジかよ。

 確かに全員殴り飛ばしたが、まさか銃を持ち出されて殺されるとはな。

 人間ってのは末恐ろしいな。


「これは運命だから避けようがないっ!! あんたは確実、絶対、百パーセント、三日後に死ぬっ!! そんで第七世界で次に転生するのはゴキブリだぃっ!! ざまぁ!!」


 アカリは再びふざけたような顔に戻った。

 胸を張り、まったくない胸を懸命にアピールしてくる。


「……ちっ」


 俺はただの喧嘩なら無敵の自負はあるが、さすがに銃に勝てる自信はない。

 アカリが本当に神で、神が運命と言うなら俺は抗えず死ぬんだろう。


 俺はどうするか考えたが、わざわざまた死ぬために戻る必要もないか、と結論を出した。


「……仕方ねぇな。だったらお前の第三世界とやらに送れ。よく考えたら、別に前の世界に未練なんざねぇしな」


 今までずっと、寝ても覚めても喧嘩をしていただけで、熱中してたことも、夢も希望も何もなかった。

 有り余ったエネルギーで人を殴ってきた気がする。


 唯一の肉親の母親は、俺の給料を気付きゃ酒代に変えてるアル中だしよ。


「よく言った! んじゃ【スキルカウンター】を返してもらおうかなっ!」


「断る。これはお前にとって大事なモノなんだろう?」


 この数取器が何なのかは知らんが、こいつの弱味は握っておこう。

 アカリが神というなら、便宜を図ってくれるかもしれん。


 俺の悪い笑顔に対して、アカリはぐぬぬと、苦虫を噛み潰した表情をした。

 してやったり。


「あー、もうっ! しょーがないわねっ! 確かに第七世界の人間じゃ第三世界ですぐ死んじゃうだろうし、死ぬまで貸してあげるわよ!!」


 アカリが指パッチンをすると、俺が持つ神具が光だす。

 何やら暖かみを帯びた、優しい光だ。


「これであんたがその神具のマスターになったから! 大事に使って、せめていいサンプルになりなさいよっ!!」


 俺はモルモットか何かか。


「で、この数取器が何の役にたつんだ?」


「数取器じゃないやいっ! それはウチが作った神具、【スキルカウンター】!! そのカウンターを回せば、あんたはスキルを使えるのっ!!」


 スキル? 何だそりゃ?

 何でもいいが、貰えるものは全部貰う信条なので貰っておこう。


「【スキルカウンター】に表示された数字があんたの寿命の日数だから! スイッチ押してカウンターを一回回せば、あんたの寿命か一日減って、超強力なスキルを一度だけ使えるってわーけっ!!」


「カウンターの数字……?」


 本来数取器はスイッチを押して回せば数字が増えるが、このカウンターは減るらしい。

 つーか、カウンターの数字が俺の寿命……?

 俺は嫌な予感がして、直ぐ様カウンターの数字を確認する。


 そこには『3』の数字が表示されていた。


「おいっ!! 俺の寿命は結局三日しかないのかよ!?」


 世界が変わろうが、どっちにしろすぐ死ぬんじゃねぇか。

 さっき、俺にとって第三世界で生きていった方がいいと言ったのは、俺の言質をとるための嘘だった訳だ。

 何て汚いヤツだ。詐欺じゃねぇか。


「大丈夫だって! 運命を変えれる可能性はゼロではないからっ! 人を笑顔にさせたら【スキルカウンター】の数字が増えて、あんたの寿命は伸びるからっ! 笑顔は人の生きる活力だから、あんたはそれを他人に与えて生きなっ! それでもカウンターを回しまくったら直ぐ死ぬけどっ!! たははーっ」


 アカリとかいう神は、悪びれもなく俺にそう告げてきた。

 これが神のお告げというやつか。

 だとしたら聖職者はきっと皆マゾなのだろう。


「場所はどこがいいかなー? 天使候補がいるあそこがいいかなー? よーし、決めたぞーっ!!」


 鼻歌まじりに何かを考えている。


 アカリは楽しそうにしているが、こいつの笑顔を見るだけで、無性に腹が立って来た。

 よし、やっぱり一発殴っておこう。



 そう俺が決意した時――。



「うぉっ!?」


 俺の足元の雲に突如穴が空き、俺は大地へと落下した。


「んじゃ、頑張ってねー! ばいばーいっ!!」


「この糞神!! 絶対いつかぶん殴ってやるからなぁぁ!!」


 陽気に手を降るアカリに一方的に別れを告げられ、俺は第三世界へと旅立つこととなった。



*****



「…………ぶ……か……」


「…………」


「だ……うぶ……か!?」


「……ぅ……」


「大丈夫ですか!?」


「……う……ん……?」


 俺が重い瞼を強引に開けて目覚めると、眼前には金髪の少女の整った顔があった。

 年齢はおそらく俺より少し下。俺が十九歳だから、十七歳前後に見える。

 アカリとは違い、胸にはしっかりとしたもの……の中でもかなり巨大なものがついていた。


 やっぱり女ってのはこうじゃないとな。


「良かった! 起きた!!」


 今気付いたが、少女は俺に膝枕をしていた。

 初めての経験だ。


 うーむ。なんて柔らかい感触、なんて素晴らしい景色。

 次死ぬ時は、女に膝枕されながら死にたいもんだ。


「あんたは……?」


 美少女の膝枕は名残惜しいが、俺は体をゆっくりと起こす。

 みっともない姿をいつまでも見せるわけにもいかない。


 立って辺りを見渡して、初めて自分がいる場所が森だとわかった。

 木漏れ日から予想される天気は快晴。

 時間は正午程だろうか。


「えっと……私の名はリーベ。リーベ・ヴィントです。散歩をしていたらあなたが倒れていたのを見つけたんです」


「俺は破顔一笑だ。一笑でいい」


「一笑さん……不思議なお名前ですね。どこの出身ですか?」


「…………」


 「日本」と答えていいのか分からなかった。

 この世界に日本があるのかも分からないし、あったとしても以前の世界とは別物だろう。


「怪我はなさそうですけど……何でこんな所で気絶してたんですか? ここは安全区域で、危険な魔物はいないはずなのに……」


「ここは……?」


「あなたがいた所ですよ!? わからないのですか!?」


「わからん」


 雲の上からいきなり落とされたからな。

 文句なら、アカリに言ってくれ。何ならコテンパンにして欲しい。


「もしかして記憶喪失!? だから出身もわからなかったのですね!? お可哀想に……」


「…………」


 記憶喪失ではないんだが、記憶喪失にしといた方が都合がいいかもしれん。


 どうやら言葉は通じるようだが、第三世界とかいうこの世界のことは全くわからん。

 名前以外は忘れたことにしておこう。



 ぷよっ。



「……あん?」


 俺とリーベの目の前に、水色の真ん丸いゼリーのような柔らかそうな何かが、揺れながら近づいて来た。


 何だこのファンタジーな生物は。

 そもそも生物なのか?


「あ、大丈夫ですよ。最弱の魔物のスライムなので。攻撃されても痛くも痒くもありません」


 とは言っても、このまん丸いのは魔物なんだろう?

 百害あっても一利もなさそうだ。

 こういうよくわからんのはぶん殴るに限る。


 こっちも死んだりやら何やらで、鬱憤が溜まってんだ。

 主にアカリのせいだが。


 俺は大きく拳を振り上げる。

 アカリに溜められたストレスを、罪無きスライムにぶつけるために。






【一撃必殺】






 そうあだ名された俺の全力の拳は、スライムに直撃する。



 ぷよっ。



 スライムは、ぷよぷよと波打っただけであった。


「…………あん?」


 必殺の拳が効かなかったことに、呆気にとられる俺。

 スライムはそんな俺の顔面目掛けて飛びかかり、勢いよく攻撃を繰り出してきた。


「……ぐぁっ!?」


 俺は柔らかいはずのスライムの体当たりで五メートル程吹き飛ばされ、地面を盛大に転げ回ったのちに倒れる。


「ええええ!?」


 その様子に、リーベは驚愕した。

 それもそうだろう。



 子供でも優に倒せる。



 第七世界では無敵だった俺は、第三世界基準ではそう評される魔物のスライムに負けたのだから。



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