2.後輩に酒場へ拉致られる話

 クビ宣告を受けて一週間が経過した。

 オルト師匠との話し合いで給料は今月分は支払われるそう。

 即刻クビではなかったので仕事の引継ぎも穏便に済んだ。

 借りてた社宅の退去準備を進める傍ら次の引っ越し先を探す日々を送っている。


 そして退職日のことだ。


「かんぱぁあああい!!」

「カンパーイ……」


 意気揚々な女性と憂鬱な俺はグラスを合わせ酒を飲んでいた。

 俺は酒場に連行さつれられている。


 話はさかのる事、二時間ほど前である。

 出社最終日だと言うのに普段と変わらない仕事をして一日が終わる。

 正直な所では明日も出社ではと疑心する。だが帰る前に事務で社員証明バッジを返却した時には自分がもう鍛冶屋ここで働く事は無いのだと気付いた。

 

 見習いなので歓送迎会も無いのは気にしてない。

 それでも……。

 寂しさを感じる帰路きろだった。


「あっ! シュレ先輩!!」


 夕暮れ時の朱く染まる道すがら、会いたくない人物と遭遇する。

 ――いや。赤髪の彼女は待ち構えていたのだろう。


「うわ……。リュコト……」


 咄嗟に体を背け路地の隙間に逃げ込もうとしたが……。

 気が付けば回り込まれ関節技で捕まった。


「相変わらずの馬鹿力で気道しめんな! ギブッギブゥゥウウ!」

「捕まえましたッす。シュレ先輩!」


 彼女は元後輩のリュコット・シュトラスである。

 親しい知人や友人などは「リュコ」と呼ぶことが多い。


「うわ……は失礼ッすよ。せっかく先輩に会いに来たのにその反応は無いっす」

「だってお前が俺の前に現れるのは飲みの誘いだけだろ!」


 リュコの締めは弱まり痛みも無いが、依然として拘束されていた。

 ここ最近、彼女が十六歳になってからと言うもの、大概は酒のある所に連れていかれる。


「まぁまぁ~。そう言わず今回は相談事で来たんですよ~」

「だったら今ここで喋れよ」

「いえ。最近いいO・MI・SE飲み屋を見つけまして、そこで話しますね」

「ちょ!? まて!? 俺を担ぐな! 離せぇえええええええ」


 これって誘拐なのではと思いながら俺は酒場に連れ込まれ今に至った。

 後、一応は補足だがこの国ではは種族ごとに違う。

 俺は人族ヒューマンなので十八歳からだが、リュコは鬼族デモニックなため一六歳から飲める。

 国の法律で飲酒は可能年齢を過ぎてからです。ちゃんと守りましょう!

 ……なんでこんな話してるんだ俺?


「それで? 相談とは?」

「いやね。実は社員を飲みに誘っても誰も捕まらないんですよ!」


 グラスを空にして追加の酒を注文しながら真剣にリュコは語る。

 年は俺より二つ下ながらオルト師匠から全試験の満点合格を受けた異才。

 今では師匠の姉妹店を運営する店長オーナーである。


 鬼族と言うだけあって頭部には角なんかが生えている。見た目は低身長ながら整った顔をした可憐な少女だ。

 容姿は幼いがこれでも中身は一端の職人である。仕事では灼熱の鍛冶場でテキパキと武器を作り、その傍らで他の鍛冶師に的確な指示も出す。新人研修なんか一人で取り仕切れるほど人心掌握にも長けている。

 性格も人懐っこいためまず嫌われることは無い人物だ。

 だが……誰もが彼女と二度と酒を飲みたがらない。


 その理由は……。


「リュコは酔うとめんどくさい」

「うぇええええええん! せんぱいもイジメルウウウウウ!」


 テーブルを叩きながら彼女は酒に呑まれていた。

 数分と経たずリュコは三十杯ものグラスを空にして飲み続けている。

 次々に入る酒の行き場所が華奢な体躯のどこに辿り着くのかと疑うほどだ。


「ちくしょぉ。私は女でも頑張ってるんっす! 『女はこれだから』『鉱夫族ドワーフの作業に口出しするな!』とか喋る奴は嫌いなんへす!」

「はいはい、そろそろグラスが空だな。すいませーん、もう一杯お願いします!」


 項垂うなだれてはいるが潰れてる訳ではない。

 顔を真赤に染めながらも意識がハッキリとしてるのがまた厄介である。

 因みにここで水を渡すとリュコは怒りだす。

 過去に水を渡した奴が殴りで壁まで吹き飛んでいる。


 ――何を隠そう俺の実体験だ。


「流石シュレ先輩! 有難うござぁます!」

「いい加減その先輩は止めないか? もう俺より立場上だろ」


 空いたグラスと引き換えに届いたばかりの冷えたグラスを渡す。

 不意に視線が酒を受取るリュコの作業着の胸元に留まる。そこには俺が付けていたどう色の見習い社員証バッチよりも重厚感あるきん色の店長バッチが付いていた。

 俺と彼女ではもう居る世界が違う。

 かたや退職者見習いとかたや鍛冶師店長である。


「何を気にしへるんすカァ? せんぱいはセンパイれぇすよ」

「二年前はな……。今は違う」

「鍛冶屋をクビににゃったって、今も私の先輩なんへすから」

「知ってたのかよ……」

「昨日たまたりゃ本店長と打ち合せした時に聞いたッす。後輩に相談どころか話もにゃしとか水臭いしゃないですか? 私はかなしいぃぃです!!」


 本店長とはオルト師匠のことだ。

 わざわざ隠すことでもないがリュコには余り知られたくなかった。

 ……あぁ俺に体裁メンツが残ってたとは、何だか笑えてくる。

 

 それにしても彼女が悲しむ理由などあったろうか?

 考えても思い当たらない。

 いやまて……リュコこいつが俺に対して求めるものなど一つか。


「もう先輩と飲めない何でぇええ。いやでぇええすぅああああ!!」

「知ってた……逆にお前の薄情さには尊敬すらするよ」


 簡単に捕まる飲み相手が消えるのは彼女にとって死活問題らしい……。

 その後は飲んで愚痴ってを繰返してリュコの毒抜きも終わった頃だ。

 周囲の客も減った頃には話題は時事ネタになっていた。


「巷では行方不明者が多いそうへすね」

「俺の寮近辺でも被害が出たって話は聞いたな」


 最近の魔力波放送ラジオでこの話題が尽きない程度には流行のネタである。

 深夜に一人で出歩くと不意に路地の暗闇から襲い掛かるの正体とは?

 目撃者も居ないため最初は夜逃げや家出の行方不明として処理されていたそうだ。だが後に体の一部が見つかったことで殺しか人攫いの可能性が浮上したらしい。

 まるで都市伝説めいた話だ。


「被害もかなり出てるらしいっす。確か今日まで22? 23人? だとか?」

「21人だ。地下迷宮ダンジョンで死ぬ人数と比べれば少ないが、物騒だよな」


 酒の摘まみにする話でもないが、生憎と俺もリュコもこの手の話は好きな部類だ。

 有名刀匠の作品を語り合う次に話すことが多い話題だろう。


「それでですね。面白い話を聞いちゃったんですよ」


 腹黒そうな笑顔を前に彼女は手を組んでいる。

 演技で気取るほど自信満々のネタを掴んだと確信した姿だ。


「被害者の大半が特殊技能レアスキル持ちだったそうなす!」

「なんだ。そんな噂話デマはとっくに広まってるだろ」

「ノーですよ先輩! 噂と確証では価値の重さが違いまふ!」

「それで? その確証とやらの出所は?」

「お得意様の自警団が鍛冶屋うちで話してました!!」

「それ絶対に社外秘の情報だろ!?」

「そんででふね。犯人の特徴が……ふがぁ!! きゅあ!!」


 俺は無意識に分厚いステーキ肉でリュコの空いた口を塞ぐ。

 鍛冶屋もそれなりに信用第一の仕事だ。

 公共の場で話すと不味い話も有るんだよ!


「いきなり口に物入れないでくださいよ! クチャ……いや別に明日になれば、クチャ……自警団あっちから公表されるので、クチャ……大丈夫なんですよ。ゴックン」


 最後に酒で流し込む彼女は続きを語る。

 長話だったので端的に話そう。

 まずリュコの店には自警団から毎年の注文が入る。

 年に一度は団員の標準兵装を更新するので珍しい事ではない。

 普段と違うのはここから、更新時期を早めて欲しいと急かされたのだ。

 いつもなら秋頃に納品予定なのだが、なるべく早く何なら今直ぐと言われたそう。


「そんで探りって程ではないですけと。こっちも最新型ぶきを大量に作るにぃそれなりに材料と人員が必要なんだと脅しを掛けてみたっす。そしたら思いの外と暴露ゲロってくれました」

「それでさっきの情報か? 特殊技能持ちだけを狙うとなるとやっぱり人攫い説が当たりなんだろうな」

「自警団もその方針で違法売買された奴隷を片っ端から洗ってるそうっす」


 ハッとした顔のリュコから唐突な質問が飛ぶ。


「そう言えば先輩って、何の技能スキルを所持しへるんすか?」

「ん? 藪から棒だな、俺の技能スキルか? そう言えば一度も調べたこと無いな……」

「いやいやまっさか~。嘘が下手な先輩がそんなこと言っても信じませんよぉ?」


 二人の間に静寂が流れる。

 周囲の雑音が少し煩い程度の中でリュコが切り出した。


「えぇ……。えぇ! マジすか!?」


 なんか元後輩が大声で驚いている。

 因みに技能スキルとは誰もが内に秘めた能力的な力だ。

 修練や鍛錬で習得する者もいるが、生れながらに持ってる者もいる。

 前者を通常技能ノーマルスキルと呼び、後者を固有技能ユニークスキルと呼ぶ。


「私の場合は固有ゆに~くで『身体強化』持ってうんで分かりあすいですけど」

「確か鬼族なら全員が生れた時から持ってる技能だったか?」

「はい! いやそうでもないへすね。たまひ固有技能すきるなしの鬼族もいますよ」


 その種族だから確実に固有を持ってる訳でも無いらしい。

 だからと言って迫害などは無いのだろうか?


「昔は鬼族も肉体労働が主だっあのへ身体強化ない奴へのアタリは強かったそっう。でも今では職種も多様なんで差別的な考えもほぼ無いですね」

「そろそろ酔ったフリやめろ。聞き取りづらい」

「えぇ? 先輩はてっきり酔った女性に弱いと思ってましたよ。ちぇっ詰まんない」


 ケロッと口調が普段に戻ったのでやはり演技だったか。

 てか俺はそこまでチョロくはない。

 身体強化とは基礎体力をあらゆる意味で上昇させる優れものだ。

 腕力や脚力のみならず毒物耐性なんかも上がってるらしく。


「せいぜい発泡酒でも数百杯は飲まないと、私、酔えない体ですからね」

「酒樽で渡したらそのまま飲みそうだな……」

「やりますか!」

「やらんでいい!」


 お店に迷惑だ!

 それにしても自分の技能スキルを確認するなど考えたことも無かった。

 どうやったら分かるのだろうか。


「先輩は流石に幼少期の鑑定式は受けてますよね?」

「なんだそれ?」

「またまたこれ以上の冗談は止めて下さいよ~。どんな種族でも十歳の時に住んでる近場の鑑定士に自分の技能スキルを見て貰うのが常識じゃないですか。それに年一で先輩だって鍛冶技能がどこまで上がったか確認しに行くことは有るでしょ?」

「いや……初耳です……」


 信じがたい者を見るが如く後輩は目を見開いている。

 驚き過ぎたのかグラスの酒が零れかけていた。


「それじゃ本当に今まで自分の技能も知らず生きて来たと?」

「……はい」

「現在の鍛冶技能がどれくらいかも知らないと?」

「……存じてません」


 あっなんか雰囲気が変わったのが俺にも分かる。

 リュコの表情が接客時の自然的な笑みを浮かべてるのだ。

 しかし目は座ってらっしゃる。

 何故か急遽きゅうきょでリュコの知り合いの鑑定士を進められた。

 煩わしいので暇な時に行けたら行くと言ったら……。


「明日行ってください! 自分を知る努力もして下さい!! 先輩はこれだから鈍感なんですよ! あの時も――――――――――」


 以後は小一時間ほど怒られました。

 反論とかは火に油を注ぐのでやってはいけません。

『俺だって六年間の鍛冶修行で技能くらいは習得してるはず』なんて答えた瞬間には倍の罵声が飛んできます。はい。


 どうにも飲み過ぎてしまったらしい。

 会話の途中なのに彼女の声がぼやけて意識が薄れて行く。

 リュコは説教を熱弁するので逆に子守歌として俺の睡魔は加速させた。

 気付けば俺はテーブルに突っ伏しそのまま泥酔してしまう。

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