1.武器屋をクビになる話

「お前さんを解雇せねばならん」

 

 それは春の終わりと初夏には届かない曖昧な日の出来事。

 俺は六年務めた鍛冶屋でクビを言い渡される。

 十二歳の時から弟子入りしたのは今でも覚えてる。

 日々を師匠の怒声と鍛冶場の熱気と赤く燃える鉄と向き合ってきた。

 時間などあっと言う間に過ぎればもう俺は十八歳の夏を迎えたが……。

 割り切る時が来たのだ。

 俺は、俺自身の成長性の無さに痛感していた。


「やはりお前さんに……鍛冶師は向いとらんな」


 静寂な部屋の中でしゃがれた男性の声は良く響いた。

 年期の溢れる白髭ひげを携えた小柄な男性は老眼鏡の向こうから品を見る。

 彼の手元には俺が丹誠を込めて作った直剣ロングソードが握られていた。

 店主オーナーで師匠の鉱夫族ドワーフこと「オルト・ヘンディー」へ俺は問う。


「やっぱり俺、クビですか?」

「そうだな……。お前さんの剣はうちの商品として認められん」


 師匠は静かに直剣をテーブルへ置いた。

 卓上で蝋燭の炎が揺らめけば磨かれた鋼の表面も呼応し煌めく。

 数秒の沈黙の後、残念な表情で師匠は言葉を吐いた。


「この剣は良くできとる。刃の曲がりも重心の偏りもない。もしかすれば儂の若い頃の作品を超す程に……」


 だが以外にも彼の口から出たのは落胆ではなく賞賛の言葉だ。

 鉱夫族ドワーフはその生涯を制作に捧げる者達が多く。

 物作りの分野に関して卓越した技術は彼等の右に出る者はそう居ない。

 ましてや「鍛冶師オルト」の名は鉱夫族の中でも指折りの名匠だ。

 褒められたことに高揚はあれどもそれは直ぐに冷めてしまう。

 どんなに正確に美しい剣を仕上げた所で俺の作品には欠陥があるからだ。

 師匠も俺が鍛冶師としての欠点を知っていた。


「だが、こいつの魔力量は全くと言っていいほど感じられん……。例え業物を生み出しても魔力を持たん武器はただのガラクタと変わらん」


 そう俺は……。

 ……。


 “魔力”とはこの世に存在する目に見えない力、ありとあらゆる物質には魔力が宿る。もちろん空気や人にも魔力は存在する。

 鍛冶師は金属加工の過程で魔力を凝縮して注ぐ。

 結果として魔力に補強された金属武器は耐久力の向上や刃こぼれがしにくい。

 ちょっとした問いかけをしよう。

 ここに二本の剣がある。

 一本は俺の精魂を注いで打った剣である。

 もう一本は駆け出しだった鍛冶師の剣とする。

 形状は二つとも同じ直剣ロングソードだ。違いが有るとすれば見た目の出来は俺の剣が良い。だが駆け出しの剣には魔力が十二分に注がれてる。

 

 どちらが勝るか?


 結果は明らかだった。


 師匠はテーブルの私物を退ける。

 次に部屋の壁に掛けられた一振りの直剣を掴むと俺の剣へ振り下ろした。


 バッギン―――


「そんな……」

「お前さんが苦汁を飲んで努力を積んでも……これが現実じゃ」


 俺の剣は真っ二つに折られ下の机までをも綺麗に両断した。


 俺の研鑽と努力の六年が刹那に散った瞬間だ……。

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