第9話 ワープロ(20年後のあとがき)
その機械は、僕を作家にしてくれた。
いままでは右に傾いた僕の字が、本物の本のように活字になって出てくる。
僕の物語の唯一の読者は恋人のKだ。Kは僕の書いた文章を気に入ってくれて、電話で感想を言ってくれる。
「ねえ、この楽器屋さんのおじさんて、駅前の喫茶店のマスターに似てない?だって、煙草を中指と薬指の間に挟んでるんでしょ、絶対マスターだよね」
「どうだろうね。もし、そういう風に思うならそう思って読んでよ。顔がイメージできると物語も面白いでしょ?」
「そうね。なんだかすごく身近な世界に思えるわ」
僕は新しい物語が出来る度にB5サイズの紙に印字して彼女に渡した。彼女に会うために物語を作っていたのかもしれない。
あいかわらず唯一の読者だった。
何編かの物語を印字したが、物語は結末を迎えずに終わってしまった。僕とKの関係も物語のように結末を迎えることができずに終わった。
あれから20年が経ち、今ではノートパソコンに携帯電話、しゃれたバーの片隅で物語を書き、ネットワークで物語を読んでもらうことができる。何かのきっかけで再び彼女に届くことがあったら、また僕の物語を好きになってくれるだろうか。
あのとき、僕がワープロで打ち出せなかった思いは、いまどきの恋人たちならきっと携帯メールで伝えあうのだろう。
ネットワークにさえ繋がっていれば、どこからでも伝えられる。
だから僕はまた文章を書くのだろう。
… but sincerely yours …(二十歳の頃 復刻版) 🍱幕の内🍱 @itahashi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます