第8話 THE WOODEN MUGCUP

夢から覚めたとき

僕は、木で作られたマグカップしか覚えていなかった

その前の晩は、ほとんど眠っていなかった

眠っていなかったというより眠れなかった

夢を見た夜も

そんな夜だった

ただベッドに横になっているだけで

時間だけが過ぎていった

覚えているのは

目覚まし時計が、僕を起こすまで、あと二時間以上あったことと

なかなか眠れない僕のために、DJが何曲も子守唄をかけてくれたことくらいだ


その夢は、

僕が一番欲しいものを買いにいく夢だった


一番欲しいものを探すために街へ行った

僕は、何件かの店をみてまわった

そして、一件の小さな雑貨店に足を踏み入れた

店の中は意外と広く

たくさんの品物を売っていた

僕はその店の中で

やっと一番欲しいものをみつけることができた

そして、僕は、それをずっと眺めていた

どれくらいの時間が過ぎたのか正確にはわからない

とにかくずっとだ

一番欲しいものをずっと眺めた後に

今度は二番目に欲しいものを探した

それはすぐに見つけることができた

一番欲しいもの置いてあったショウケースの左側奥の棚にあった

それが、

木で出来たマグカップだった

そこには、運動会の参加賞でくれるような白いもの

つやのないシルバーの純銀製のもの

ウエスタンブーツに有るような模様の刻まれた銅製のものなど

数えきれないほど置いてあった

その中で、僕は木でできているものをみつけた

とっても美しい木目があって、優しい色をしていた

きれいにヤスリがかけてありサラッとした触り心地が気持ちよかった

これで本当に熱いミルクを飲んでも良いのだろうか?

それともただのインテリアとしての置物なのだろうか?

でも、僕はそのマグカップから

いままでに感じたことのないような優しさと落ち着きを感じた

もう一度、一番欲しいものを見に行った

やっぱり一番はコレで、木で出来たマグカップは二番目だなと確信した


そのとき、目が覚めた

目が覚めてから考えてみた

でも、どうしても一番欲しいものが思い出せない

いったい一番目に欲しかったものは、なんだったんだろう

僕は確かにそれが一番欲しかったのに

二番目に欲しかったものはすぐに思い出したのに


その日の夕方

久しぶりに彼女と出かけた

一ヶ月ぶりくらいだった

彼女が入院して

退院して

元気になって

僕と会うまでに

何かが変わってしまっていた

もっと昔に変わっていたのかもしれない

そして、彼女も僕も

それに気づいてしまった

僕は彼女にも

また自分自身にも

ごまかそうとしたけどダメだった

「もう一度、友達にもどろう・・・」

我慢できなくなったのは

彼女のほうだった

「そのほうがいいかもしれないね・・・」

いつもよりも、一杯だけ

彼女は少なく

僕は多く

グラスを口にした


たぶん彼女も

一番欲しかったものが何なのか思い出せなくなっていたに違いない

でも僕は、

一番欲しかったものが、ぼんやりとわかってきたような気がする

相変わらず

木で出来たマグカップが頭の中から離れない


街は、もうすぐ冬になる・・・

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