016
私が通う大学は、いわゆる旧帝大や都心のブランド私立大学群ほどのネームバリューはない。偏差値もそれなりだし、真面目に受験勉強さえすれば誰だって入学することができるだろう。
しかし一部の人たちの間では、それなりの認知度があったりもするのだ。それはなぜか──答えは簡単だ。特定のスポーツにはかなりの力を入れているらしく、競技によっては全国大会常連校だったりもするからだ。
そんな大学だからこそ、剣道で全国級の腕前を持つ
「お、てめえはこの前のおっぱい娘じゃねえか」
「誰ですか、その卑猥な人物は!?」
その日の講義を終えた大学からの帰り道、そこで私は鍛治鞘さんと鉢合わせた。
近道である人通りの少ない路地裏を歩いていたので知り合いに出会うとはまさか思うまい。そんな油断をしていたこともあり、びっくりして声を荒げてしまう。
「というか、あの、どういう状況ですか? なんで血だらけの人が倒れてるんです……」
人斬りの鍛治鞘という二つ名を欲しいままにする鍛治鞘さんの足元には、数人のチンピラが見るも無残な姿でくたばっていた。中には人体が曲がっていはいけいない方向にひしゃげている者もいる。
果たして彼らは生きているのだろうか?
息をしているのかも疑わしいレベルだ。
しかしその光景もさることながら、警察にお縄になったと聞いていた鍛治鞘さんとこうして遭遇したことが何よりも私に衝撃を与えた。
「勘違いするなよ? 俺から襲ったわけじゃねえ。こいつらが先に仕掛けてきたもんだから、ちょっと教育してやっただけだ」
「戦時中のスパルタ教育でも、もうちょっと優しい指導をすると思いますけど……」
「大会前になるとな、こうして俺を襲ってくるやつらが増えるんだよ。試合では勝てないもんで怪我を負わせて出場できないようにさせたいんだろうな」
「少年漫画みたいな宿命を背負ってますね。だとしたら相手も自業自得だとは思いますが」
というか警察に相談した方がいいだろう。
どうしてこの人は拳で解決しようとしてしまうんだ。
「なんだ? 幽霊でも見るような目で俺を見てよ」
「いや、それは、その」
伸びているチンピラどもを壁際に積み上げて手を払う鍛治鞘さん。
その姿はまるでひと仕事を終えたかのようであったけれど、この世にそんな物騒な仕事は存在しない……おそらく。
「鍛治鞘さんが警察に捕まったって噂程度に聞いたもんで……」
「ああ、だからか。確かに捕まった人間が出歩いてたらびっくりするわな」
「あれってデマだったんですか?」
「いや、本当だよ。俺は間違いなく捕まった。うちの剣道部のやつを殴ってな」
……じゃあどうして?
警察に身柄を拘束されたはずの鍛治鞘さんがここにいるのは辻褄が合わない。もしかして警察ですら張り倒した挙句に力づくで出てきたのだろうか。うん、鍛治鞘さんならあり得ない話じゃない。
「んなわけねぇだろ。大学側が取り合ってくれて、いつものように釈放されたんだよ。どこで繋がってるのか知らねえが、うちの大学は警察と太いパイプを持ってるらしいからな」
「……いつものようにって。何回も警察のお世話にんらないでくださいよ」
「おかげで話がこれ以上おおごとにならずに済んだ。うちのキャンパス内では多少広まってしまったが、所詮その程度だ」
「すごい待遇ですね」
話のスケールが大きすぎて
しかし、スポーツに力を入れているうちのことだ。警察の就職には剣道や空手といった武道経験者が有利と聞くし、中にはここからの卒業生もかなり多いだろう。そうなればこの大学が警察と何らかの繋がりがあったとしても不思議ではない。
要するに癒着か。
大人の世界はズブズブだな。
「まあ今回は相手が同じ大学の剣道部だったこともあって、上からはかなり厳しく言われちまったけどな。次はないって念をおされたよ」
「どうして同じ剣道部の方と揉め事になったんですか? 鍛治鞘さんを襲うそこの他校の人たちならまだしも、仲間である彼らと争うなんて」
気になって訊いてしまう。
面倒ごとに自ら首をつっこむのは避けたいのに。
「あいつらは仲間なんかじゃねえよ」
「?」
「少なくと一緒に練習するのはごめんだな。俺の剣が腐っちまう」
そう言う鍛治鞘さんの目は寂しげであった。
誰が相手だろうと力でねじ伏せてしまう彼がそのような表情を浮かべるものだから、意外に思った私はもう興味を抑えずにいられない。
「気になるのか?」
「……まあ、ないと言ったら嘘になります。でも私なんて関係のない人間でしょうし」
「別に隠すほどの話でもないからな。ここで会ったのも何かの縁だ。知りたきゃ教えてやる」
「!」
「でも話すと長くなる。立ち話もなんだし場所を変えようぜ。いつまでもここに長居するわけにもいかないからな」
私たちの側には鍛治鞘さんによって返り討ちにされた人たちが気を失った状態で倒れているのだ。確かにここで長居はできない。こうも立て続けに警察のお世話になるわけにはいかない鍛治鞘さんにとって、それは当然の提案だった。
警察沙汰に巻き込まれたくない私としても同感だ。その提案を受け入れないはずがない。
「じゃあ俺の家に行くか。ここから歩いて数分のところだし」
「そこまであなたを受け入れた覚えはないですよ!?」
「仕方がないだろ。わざわざ喫茶店に入って話すようなことでもないしよ。なんだ、まさか俺がお前を襲うとでも思ってんのか?」
「……そ、そうじゃないですけど」
「安心しろ。お前みたいな華奢な女に興味はねえよ。俺のタイプは俺より強い女だからな」
「それ人外じゃなきゃ無理ですよ? 必然的に」
「とりあえず行こうぜ。ほら」
「…………」
……男の人の家か。
まだ出会って二回目なんだ。ちょっと段階を飛ばしすぎな気もする。そうでなくとも、荒ごとの絶えない鍛治鞘さんの家へお邪魔するのは覚悟が必要だろう。決してノリで行くようなところではない。
でもこの前の助けてもらった一件から悪い人だとは思わないし、私から訊いおいて断るのは気が引ける。そうして悩んだ末、私はこれでもかと肝を冷やしながらも家へお邪魔することにした。
「あ、そこのコンビニに寄りませんか? この前のお礼も兼ねて何か奢りますよ」
「お礼されるほどのことでもないけどな。でもまあ、そう言うなら甘えさせてもらおうか」
「何がいいですか? やっぱりビールとかにします?」
鍛治鞘さんはお酒が好きだと思った。
つーか、大学生ってそういう生き物なんだろ? 未成年である私がそれを買えるかは怪しいところだけれど、普段からタバコは買えているので問題はないだろう。
「いや、ほろ酔いにしてくれ」
「そんなんでいいんですか? だってあれってジュースみたいなもんだって聞きますよ」
「俺は下戸でな。ほろ酔い一本で気持ちよくなれる」
「かわいいなぁ!?」
人は誰しも意外な一面を持っているらしい。
人斬りの鍛治鞘はギャップで攻めてくるタイプだった。
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