014


「急に連れてきちまって悪かったな。誰かに通報される前にあの場から離れたかっただけなんだ」

「それは構いませんけれど……」


 連れてこられたのはコンビニからちょっと走ったところにある公園だった。

 かなり小さな公園だ。遊具は錆びたブランコと小さな滑り台、それと二組の鉄棒くらいしかない。僅かな光を放つ唯一の電灯は明滅している。

 ベンチに座る私たち以外には誰もいなかった。


「安心してくれ。俺はさっきの奴と違ってお前を襲うつもりはない」

「もちろんですよ。疑ってなんかないです」

「ああ、その気は全くないし微塵もないからな。誤解はゴメンだ」

「…………」


 いや、そんなにそこを強調されるのも複雑な気持ちになるのだが。

 ……少しはそのつもりもあってくれよ。年頃の乙女としては傷つくわ。


「遅れたが俺の名前は鍛治鞘かじさやしのぎ、大学生だ」

「鍛治鞘さん、ですか。さっきはありがとうございます。おかげで助かりました」


 気にするな、と鍛治鞘さんが言ってくれる。

 ともかく頭を下げる私だったが、そんなお辞儀をしながらひとつ引っかかった。鍛治鞘さんのその名前をどこかで聞いたことあるような気がする。……どこだっけ。思い出せない。


「私は上野うえの菜々葉ななはです。自分も大学生ですよ。入学したばかりの一年生ですが」

「そうか。俺は今年で三年になるからお前は後輩になるな」

「そうなりますね」


 鍛治鞘さんは、座っていても見上げてしまうくらい大きな人だった。

 決して太っているという意味ではない。むしろムキムキだ。着ている服越しでもその筋骨隆々さが手に取るようにわかる。

 けれども特筆すべきは顔つきだ。面と向かってはとても言えないが、ぶっちゃけかなり恐ろしい顔面をされている。特に目つきに至ってはその筋の人と言われても信じてしまうほど。

 まるで獲物を狙うかのように鋭く尖ったそれは、街中で鍛治鞘さんとすれ違おうものなら顔を伏せてしまうに違いない。右頬にある切り傷の跡もその凄みに拍車をかけていた。


「ところで怪我はないか? なんだか揉み合ってるように見えたが」

「言っても腕を掴まれただけなので大丈夫ですよ。掴まれたときはどうしようと思いましたけど」

「それは悪かったな。もっと早く助けてやるべきだった。初めはバカなカップルがじゃれあってるだけだと思ったからよ」

「勘弁してくださいよ。あんなのとカップルだなんて」

「だよな。お前、よく見たら独り身っぽいもんな」

「……問題はそこじゃないです」


 え、そんなに私って独り身っぽいの?

 一度自分を見つめ直そうと思った私だった。


「というかさっきの人は大丈夫なんでしょうかね。かなり思いっきり殴ってましたが……」

「三割くらいの力だったから大丈夫だろ。今ごろ意識も戻ってると思うぜ」

「あれでですか!? 人体から鳴ってはいけない音がしてましたよ!?」

「どうも俺は加減が苦手でな。そこは反省だ」


 反省点はそこじゃないだろ。

 芳楼さんに蹴りを入れた私が言えた義理ではないが、どんな理由があっても人に暴力を振るっちゃいけないんだぞ? この人はそれを義務教育で習わなかったのだろうか。何事もまずは話し合いだってのに。

 

「拳でか?」

「口でですよっ!」


 鍛治鞘鎬。

 彼はその見かけだけでなく、思考までかなり物騒な人だった。


「そりゃ難しいな。俺は暴力以外での解決法を知らねえ」

「修羅の国で育ったんですか!?」

「……まあ、最近はそれじゃあ解決できないこともあると身に沁みて実感しているわけだが」


 鍛治鞘さんはそう言って天を仰ぐ。

 その横顔はどこか寂しそうで、昔のことを思い出しているようでもあった。

 気になったけれど詮索はしない。今さっき会ったばかりの関係でヅケヅケと訊くのは野暮だろう。それに、掘り下げたところで私ごときが解決できる山でもないと思ったからだ。


「ところで何か飲み物を持ってねえか? 走ったせいで喉が渇いちまってよ。財布は家に置いてきたもんで自販機も使えないんだ」

「……ごめんなさい、持ってないです。手持ちがあればお礼も兼ねて奢らせてもらうんですけど、私も自分の買い物に使う分だけしか持ってきてなかったので……」

「酒でもいいんだが」

「あ、まだ未成年なのでお酒は」

「真面目だな。大概の大学生が深夜にコンビニへ行く理由なんて酒を買う以外ないだろうに」


 この人も偏見がすごいなぁ。

 え、世間の大学生に対する認識ってそんなもんなの?


「じゃあ何を買ったんだ? こんな時間に買いに行くものだからよっぽどのものだろ」

「それはその……」


 言われて私は咄嗟にレジ袋を背中の後ろに隠した。

 舌の根も乾かぬうちになんとやら。これだけ未成年飲酒について強く言っている手前、を見られたら示しがつかない。

 しかし鍛治鞘さんは袋の中身が思いのほか気になったらしく、身を乗り出して覗き込もうとしてきた。

 強面な顔も相まって圧がすごい。というか近いし怖い。

 その迫力に気圧されてしまった私はとうとう観念してしまう。


「……タバコです」

「酒と変わんねえじゃねぇか!」

「返す言葉もありません……」


 高校から吸っていることはせめて内緒にしておこう。

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