011
それからしばらく考えてみたけれど、やはり
万事休すか。そんな諦めかけてしまう私だったが、しぐれは段々とこの状況に慣れてきたようで優雅に紅茶を飲み始めやがった。
ほふぅ、とか言って丁寧に味わっちゃってる。……さっきまでのしょんぼりしたお前はどこに行ったんだよ、と呆れていたそのとき。
「ん?」
お茶請けのクッキーを食べようとしていたしぐれが声をあげた。
何かを閃いたらしい。謎解きが得意じゃない私は完全に攻めあぐねている状態だ。この際なんでもいいから教えてくれ。
溺れる者は藁にもすがるってやつだ。そんな気持ちで話しかける。
「気付いたことがあったら何でも言ってみて?」
「うん、あのね。隠されたのは出口だけか? って、隠されたのが出口だけじゃないことを暗に私たちに教えようとしてるんじゃないかと思うんだよね」
「つまり?」
「扉は出口でもあるけれど、見方を変えれば入口でもあるでしょ。だから私たちは出口以外に入口も隠されちゃったんだよ」
……ふむ。
確かに扉は出口と入口の両方の役割を併せ持っており、それならば出口が隠されたイコール入口も隠されたということになる。
芳楼さんも見方を変えてみろと言っていたし、しぐれの見解が全くの的外れとは思えなかった。
「でもここから先がわからないよ。隠されたのが出口と入口の両方だからと言って、そのオカルト的なものが隠れている場所まではわからないもん」
そうなのだ。
しぐれの言う通り、それだけでは隠し山羊の隠れている場所まではわからない。モノノ怪に関してズブの素人である私たちだけでは、どうしても推理がここで打ち止めになってしまう──いや、待てよ?
何かが私の中で引っ掛かった。
「…………」
確信はないけれど試してみる価値はある。
思った私は思考を巡らせて集中した。
「どうしたの、菜々? 急に黙っちゃって」
「もう少しで何かがわかりそうなの。ちょっと考えさせて」
「ほんと!? ……じゃあ話しかけない方がいいよね。それなら私はあっちでお菓子食べてるよ!」
「お、おう……」
すっかり通常運転のしぐれを放っておき、私は状況を整理する。
まず大前提として隠し山羊はこの店内のどこかに隠れているのだ。これは芳楼さんが言っていたから間違いない。
ところがあてもなく探したところで見つけられないと言う。あてっずぽうじゃダメなんだ。きっと意識しないとわからないような場所に奴は潜んでいるのだろう。
そこでキーになるのが見方を変えるという考え方なわけで……探す側に立つんじゃなく、隠れる側に立って考えてみるのはどうだろう?
あくまで隠し山羊は隠れているのであって消えたわけじゃないんだ。
つまり、どこかにはその身を潜めているということであり、いくら隠れる技術に長けていても身を潜める場所が無くなってしまえば隠れることもできないはず……。
そこまで考えて気づいた私は、
「まさかな……?」
と言いながら夕凪の店内を見渡した。
扉が消えたのと、窓ガラスが曇っている以外は何も変わらない普段の店内。
しぐれが相変わらずティータイムを嗜んでいるのはさておき、その他の様子でおかしな点はない。
隠し山羊というモノノ怪がどれだけの大きさなのは知らないが、少なくともそいつが隠れられるような場所はなさそうに思える。
というか、そもそもある程度の物陰はしぐれと一緒に調査済みだ。
「それでもまだ探してないところと言ったら──」
棚に所狭しと並べられた本の中、とかだろうか……。
モノノ怪は超常的な存在だ。そんな奴らが本の中にその身を潜めてもおかしな話じゃない。
それこそ隠し山羊は物陰のような物理的な隙間ではなく、文章の行と行の隙間である行間に隠れている可能性は大いにある。
まあ、今からの苦労を考えるとこの予想は当たってない方が有難いかもしれないけれど。
「……はは。いったい夕凪にどれだけ本があると思ってるんだよ」
ゴクリ。息を呑んだ。
それから一呼吸おいて覚悟を決めた私は、本棚の片っ端から本を引っ張り出す。
「菜々!? いきなりどうしたの!? こんな非常時に読書するつもり!?」
こんな非常時に紅茶を飲んでるしぐれもどうなんだ。
今のお前だけには言われたくないね。
けれども僅かな時間でも惜しかった私は、
「だからこそだよ。今から私はこの夕凪にある本を全部読むつもりだから」
と言いながら一冊目の本を開く。
芳楼さんならもっとスマートな方法もあるかもしれない。
しかし、不肖私には本の隅々まで目を通して隠し山羊が隠れられる場所を
「えーと、ここに何冊の本があるかわかってる?」
「大丈夫だよ。ほら、私って読むのは早いじゃん?」
「確かにそうだけどぉ……」
果てしなく長い戦いになるだろう。
どうやら今夜は眠れなさそうだ。
「たくさんコーヒーを飲んでおいてよかったよ。おかげで全然眠くないもん」
私は早速二冊目の本を手に取りながら、自嘲的な笑みを浮かべてそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます