010
『ところでさ、
突然、
要は、彼の助けなしでこの場を切り抜けろということだろう。確かに私は芳楼さんの助手として働くので、そのためにもモノノ怪に対する経験を積まなければならない。
もし私の働きが不十分で助手の価値なしと判断されてしまえばクビになり、たちまち借金を返すアテを失ってしまう。そうなればいよいよ私は、首をくくることになるかもしれないのだ。
『まあ、隠し山羊の対処法は簡単だよ。隠れている奴を見つけたら指をさしてやればいい。つまり、そいつを視認するのがキーなんだ。それだけで扉も元に戻るだろう──でも、考えもなしに見つけるのは至難の技だろうね。狭い店内でもあてずっぽうに探し回ってたら見つけられないと思うよ』
「それは教えてくれるんですね」
『僕としても助手がずっと閉じ込められていたら困りものだからね』
「……最後にもうちょっとだけヒントくださいよ」
『思ったより君も図々しいなぁ! てっきり菜々ちゃんはあまり人を頼るのを是としないタイプだと思っていたけど』
一匹狼がかっこいいと思っていた以前までの私はそうだっただろう。ぶっちゃけ、人を頼ることはダサいと思っていた。
けれども大学に進学して一人暮らしを始め、新しい環境に身を置くようになってから変わったのだ。人間はひとりでは生きられない、と。
それに加え、大事な友達であるしぐれを一秒でも早くこの状況から救ってやりたい。そのためなら醜くても頼れるものは頼っていくつもりだ。背に腹はかえられないのだから。
『えっと、しぐれちゃんだっけ? そこにいる菜々ちゃんの友達って』
「そうですよ。
『そのしぐれちゃんの写真を僕の宛先に何枚か送ってくれるかい?』
「どうしてです?」
『いいからいいから。悪用するつもりは断じないからさ』
何かしらの理由があるのだろうか。
私は疑問に思いつつも言われた通りにする。スマホのアルバムからしぐれが写った写真を何枚か選択し、芳楼さん宛に送った。
『へえ、これがしぐれちゃんか。身長は小さいけど、それがこの子の良さを引き出してるよ。綺麗系と言うよりは可愛い系だね』
『可愛い菜々ちゃんの友達なら可愛いと踏んだ僕の勘は当たったようだ。今回はそんな可愛いしぐれちゃんに免じてもう少しだけヒントをあげるとしよう。いや、モノノ怪に困惑して泣きじゃくるしぐれちゃんもアリだからやめようかな』
「どう考えてもナシです!」
『確かにそうだ。しぐれちゃんは無邪気に笑ってる方が無垢なエッチさを感じるもんね』
「おっと、そろそろ本気で気持ち悪いですよ」
モノノ怪のスペシャリスト、芳楼仗助。
その正体はとんでもない変態なのかもしれなかった。
『くっくっく。冗談だよ、本当さ』
「もう私には芳楼さんの考えてることがわかりませんよ……」
これまでもわかったことなどないけれど。
こんな人の助手が私なんかで務まるのか不安になる。
『さて。ヒントの話だけれど、果たして隠されたのは出口だけなのかな?』
「はい?」
『これはどんなことにも言えることだが、一つのことに囚われ過ぎるのはよくない。行き詰まり息詰まったときこそ、別の新しいものの見方をするのが大事なんだぜ』
「またお得意のとんちのような話ですか……」
『どうだろうね。まあ、僕が言えるのはここまでだ。あとは菜々ちゃんたちの健闘を祈るばかりだよ』
九州からね。
芳楼さんは最後にそう言うと、一方的に電話を切ってしまった。ツーツーという、どこか冷たい機械音が私の耳を反響する。
「変態さんとの電話は終わったの?」
「変態って……」
弱々しい声でしぐれが訊いてきた。
一応命の恩人である芳楼さんのことを第三者にそう言われるのは複雑な気持ちだったけれど、あえて訂正しようとはしない。
というか訂正の余地はなかった。なんであの人がのうのうと檻の外を歩いてんだ。日本の警察はもっと仕事してくれよ。
「あ、そうだ警察!」
自分で言って気づく。芳楼さんから言われたことを無視するわけじゃないけれど、こんな非常事態こそ警察に頼るべきじゃないだろうか。
彼らに通報すればどうにかなるかもしれないし、それで解決したなら儲けもん。一刻も早くしぐれを安心させてやることだって出来るのだ。
そう考えた私はすぐに110番に連絡してみたが、繋がることはなかった。
「見て、菜々! 私のスマホが圏外になってる!」
「え、そんなわけ……ってほんとだ。さっきまでは電話出来てたのに」
どうやら隠し山羊による影響らしい。
つまるところ、奴によって電波も隠されてしまったということだろう。
「……まずいな。このままだと状況は次第に悪化していくってことじゃん」
「ねえ、本当に私たち大丈夫なの!?」
しぐれが更に取り乱す。
初めてくらや巳と遭遇したときの自分を見るようで、これ以上こんなしぐれを見ているのは胸が痛くなった。どうにかして安心させてやりたい。
「きっと大丈夫だよ。さっきの電話でその人から有益な情報は得られたから。……だから、助かると思う。」
「菜々を信じても良いの?」
「うん、私に任せて。こういったのは初めてじゃないし」
強がりで言ってみせただけだったが、しぐれの顔に少しだけ光が戻った。
しかしそう言った手前、やはり私がどうにかするしかないのも事実。
外部との連絡手段を絶たれてしまった今、外からの助けを頼りにすることはできないのだ。芳楼さんからヒントを貰ったとは言え、それから先のことは私に委ねられている。しぐれのためにも頑張るしかない。
「ところでその変態さんは何て言ってたの?」
涙の拭き跡が残るしぐれが寄ってきた。
芳楼さんから言われたことをそのまま伝えるべきだろうか。それを話すと今回の隠し山羊やモノノ怪のことについても話さなくてはならなそうだし、それを私が上手く説明できる気もしない。
余計にしぐれが混乱しそうだ──けれども、こいつはこれで勘が鋭いところがある。それに言動はバカっぽいが、別に頭が悪いわけでもない。
「……人間はひとりでは生きられない、か。」
「ん、何か言った? もっとはっきり言ってくれないと聞こえないよ」
「なんでもないよ。独り言。気にしないで」
そう、たかが人間ひとりの力なんて知れている。
だから協力することが大事なのだ。
「しぐれが聞きたいのは、さっきの変態が言ってたことだよね。私も上手く説明する自信がないからしっかり聞いててね」
私はしぐれと協力するためにも、芳楼さんとの電話の内容を話すことにした。
もちろん話がややこしくならないようにモノノ怪については極力ぼかし、貰ったヒントだけを的確に伝えるつもりだ。
しかしそんな説明をしたせいで、途中途中に集団催眠やらプラズマやらと非科学的なワードが登場してしまった。余計にしぐれを混乱させたかもしれない。
まあ、モノノ怪自体がそもそも非科学的なことなので大差はないだろう。
それよりも問題だったのは、そんなデタラメな話をまんまと信じてしまうしぐれの方だった。
「なるほど。そのプラズマ的な力で菜々のおっぱいは大きくなったんだね?」
「お前やっぱりバカだろ。少しでも頼りにした私もバカだったよ」
しぐれの将来が心配だ……。
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