上野
001
「ところでさ、
大学からの帰り道、隣を歩くしぐれが訊いてきた。
ゴールデンウィークに浮かれていた数週間前が懐かしい。世間はいつの間にか六月に入ろうとしている。
「ちょっと前にバイトの面接したって言ってたコンビニはどうなったの?」
「どうなった、と訊かれましても……」
恥ずかしから正直に落ちたとは言いたくない。
今回ので不採用の烙印を押されるのは九回目になり、いよいよ次で大台の二桁に乗ってしまうかもしれないのだ。
これ以上しぐれに醜態を晒すわけにはいかなかった私は、嘘をつかない範囲で適当に話を誤魔化すことにした。
「──まあ、まだ営業はしてると思うよ?」
「私が訊いてるのはコンビニのその後じゃないからね?」
「ああ、売り上げ的な話か。それも大丈夫だと思うよ。やっぱり駅前なだけあって客足もそれなりだろうし繁盛してるんじゃないかな」
「そうじゃないでしょ! っていうか、そのコンビニなら私も毎朝使ってるから知ってるよ!」
「んん? じゃあ私にはしぐれの質問の意図が皆目見当もつかないぞ」
わざとらしく首を傾げて精一杯のとぼけ顔をしてみせる。
そんな私に呆れたしぐれはやれやれとため息をついた。
「……また落ちたの?」
「落ちてないよ」
「嘘だ! 落ちたんでしょ!」
「お、落ちてないよっ」
「動揺が隠しきれてないよ!?」
「オチテナイ……、ワタシハオチテナイ」
「もうカタコトになってるじゃん!」
……くっ。
どうやらこれ以上の誤魔化しは通用しないようだ。
観念した私は事実を話すことにした。
「初めから正直に言いなよね。もう」
こいつは
しぐれは天真爛漫を体現したような性格をしており、とにかく人懐っこい。緩いパーマのかかった栗色の髪と小柄で可愛らしいルックスも相まって、例えるならトイプードルの子犬といったところか。
ああ、それで鼻が効くのかもしれない。
だから私の嘘を看破したのかも。
「菜々はすぐ顔に出るからね。誤魔化そうとしても無駄だよ。そうじゃないにしてもこれまで10回もバイトの面接に落ちてたら、今回だって大方の予想は出来るもん」
「まだ9回だよっ!」
「ここまで来たら9回も10回も変わらないでしょうが」
「いや、そこだけは譲れないね」
10回だと大台に乗ってしまうことになるからな。
そうなれば私の中の大事な何かが音を立てて崩れてしまう。
「変なところで意地張らないでよ。……それにしても、どうして菜々に限ってこんなに落ち続けるんだろうね。ぱっと見は真面目そうで仕事も出来そうなのに」
「ぱっと見は余計だ。私はしぐれと違って真面目だし、仕事だって平均以上にこなす自信はある」
「私のが真面目だよ! 毎日ちゃんと大学にも行ってるもん!」
「大学に行くのは当たり前だろ。それを偉いみたいに言うな。それに『ちゃんと』と付けるなら講義に遅刻したり課題の締め切り間近になって私に泣きつくんじゃない!」
「菜々も中々痛いところを指摘するね……」
図星をつかれたしぐれは唇を尖らせながら下を向いてシュンとする。
こうやって自分が気まずくなると途端に弱々しくなるところは、飼い主に怒られて悲しむ子犬みたいでなんだか可愛らしい。
尻尾があればきっと小さく丸めていることだろう。
「──とはいえバイトが出来ないのは私にとって死活問題だよ。私は一人暮らしだから家賃とか光熱費だったりで出費もそれなりに嵩むからさ」
今の暮らしを始めてから早二ヶ月。これまではなんとかお年玉貯金でやりくりしてきたが、それもそろそろ底を尽きそうになってきた。
いい加減に何かしらの収入源を確保しないと、私はこの飽食に時代にも関わらず飢えで死んでしまうかもしれないのだ。
くそ、甘い見通しで高を括っていたいつかの自分を叱ってやりたい。
「にしてもいったい私のどこかダメだと言うんだよ。たかがバイトの面接とは言え、こうも何回も落とされてたら悲しくなってくる……」
「人には得手不得手があるからね。たまたまそのお店に縁がなかっただけだよ」
「…………」
こちとらコンビニの他にもスーパーや居酒屋、カラオケに漫画喫茶などと目ぼしいところは全て受けたんだが?
それで全部ダメでしたって、まるで私が社会不適合者みたいじゃないか……。
「そ、そんなことないよ! 菜々には私にない良いところが沢山あるよ!」
落ち込む私を見かね、しぐれが励ましの言葉をかけてくれる。
お前はほんとにいい奴だ。これからもずっと友達でいような。
「ほら、例えば菜々のそのたわわと実ったおっぱいとか!」
「おっぱ……!?」
「その武器を活かさない手はないよ! 絶対にお金になるって!」
前言撤回。
しぐれとは今日で縁を切らせてもらおう。
「冗談だよ!? ゴメン、怒らないで菜々!」
「冗談でもそんなこと言うな。こっちは真剣に悩んでるんだから」
「……ごめんなさい、反省しますぅ」
再びシュンとするしぐれだった。
やっぱり子犬みたい。今回はその可愛さに免じて許してやろう。
「まあ、もしものときはまず私を頼ってね。少しくらいなら貸せるからさ」
「心配してくれてありがとう。でも金の切れ目は縁の切れ目と言うし、それはないかな」
「遠慮しなくてもいいのに。10日で5
「それはヤミ金だろ!」
どこの怖い人だよ。
そんなアウトローとの縁はやっぱり早めに切っておきたい──とまあ、こんな話をしながら歩いていた私たちは大学の最寄駅に到着した。
この駅から電車に乗るしぐれとはここでお別れ。
改札を過ぎても手を振り続ける彼女を見送ったあと、私も帰路に着いた。
「…………」
歩きながら一枚の名刺を財布から取り出す。
以前、
「……連絡だけでもしてみようかな」
背に腹はかえられないという奴だ。
しぐれに余計な心配をかけさせないためにもさっきは強がって見せたけど、ぶっちゃけ私の懐は乾ききっている。ここ数日はろくに腹も満たせてないのが現状だ。
「いやいや、早まるな私。絶対にこの人のところは危ないって」
そもそも対モノノ
夜道で勧誘してくるくらいだし、真っ当な職業じゃないのは明らかだろう。
闇金じゃないにしても、それこそアウトローの類かもしれない。
「だからあと一回、あと一回だけ他のところを受けてみよう。うん、それでダメなら最悪ってことで」
そんなことを独りで呟きながら自分に言い聞かせ、その名刺を財布の中にゆっくり戻す。
「……というか連絡したところで会えるのか? そもそも繋がらない可能性だってあるし」
だってあの人消えたもん。
そんな懸念点が残る夕暮れ時だった──今夜、それが杞憂に終わるということも知らずに。
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