42 無自覚?それとも策略?

 「なあ、祈莉」

 「なんですか?」


 今日も俺の家のキッチンでは、かの三ツ星シェフ(俺が思ってるだけ)白宮祈莉が二人分の夕食を作っている。もちろん食費は俺の財布から出ているが、別に他に使い道も無いのでそこは良いだろう。


 それよりも今はもっと大事な問題がある。

 それは、今日の学校で聞いた話だ。柾のあの笑顔が頭から離れない。


 「学校一の美少女。皆の憧れの的、上級生からは『理想の後輩』と謳われ、最近同学年からは『女神』の異名を付けられてる完璧美少女様が、なんと夏休み中男と手を繋いでた。なんて噂が流れてたんだけど心当たりあるか?」

 「そうですね。付け加えると中々格好の良い男性、ならば心当たりがありますね」

 「格好の良いは知らないが、でも俺もあるな……」


 そこでしばし沈黙が流れる。

 フライパンで炒め物をする音が部屋に響いている。


 「普通に見られてるんだが?」

 「それは仕方が無いです。まず、私たちが制服ではないように、目撃者も制服ではないのですから避けようもありません。しかも近場のショッピングモールでしたし、見つかってもおかしくは無かったんですよ」

 

 祈莉の言う事はもっともだ。でも、俺はそのことに少し敏感になってしまっている。 

 もしかしたら、今ここで祈莉が俺の家にいることもバレているかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。が、別に何もやましい事は無いのだし、別に誰かに何かを言われる筋合いはない。


 「もし、祈莉がうちに来ているなんてばれたら、俺はどうなるんだろうな」


 遠い目をしながらぼそっと呟く。

 別にやましい事は無いにしても、やはりそれが気になってしまう。きっと、俺は学校の男たちに……


 「きっと、奏汰君は帰ってこれなくなりますね」

 「だよなぁー。それにしてもその呼び方むず痒いな」

 「わ、私だってそうです。あんまり言わないでもらえると助かるんですが……」

 「悪い。そうだよな、ごめん」


 なんだか慣れないその呼び方につい反応してしまう。秋葉には名前で呼ばれてるのに、どうして祈莉に呼ばれるのがこんなにもむず痒いのか理解できない。


 「そんな事をいつまでも考えていないで、早く食べましょう!」


 祈莉は出来上がった料理を皿に盛りつける。

 それを俺がテーブルへと運ぶ。

 今日の夕飯は野菜炒めに、焼き魚だ。そして味噌汁も付いて、栄養バランスは折り紙付き。栄養士でも目指しているのだろうか?


 俺は席についてまずは野菜炒めに手を伸ばし、それを口へと運んでいく。

 炒めたはずなのに水気はとんでおらずシャキッとした食感に、しつこ過ぎない実に俺好みの薄味だが、絶妙な塩気が米飯へと手を進める。野菜も駒切りに均等に揃えられていて作業の丁寧さが良く窺える。


 「どうですか?」

 「うん。もうなんでこんなものが作れてしまうのか理解できない」

 「と、言いますと?」

 「美味すぎてヤバい。お前いつの間に俺の好きな塩加減を?」

 「奏汰君はいつも少し濃い味のものを出すと、若干箸の進みが遅かったので。それでも食べてくれてましたけど、やっぱり薄味の方が好きなんですね。良かったです好評みたいで!」

 

 静かに、上品に、それでいて学校で見せるような取り繕った笑顔ではなく、心からの笑顔が俺に向けられる。

 あまりにもその笑顔が嬉しそうで、俺を見つめる視線に耐えられなくなり、俺は今度は焼き魚へと手を伸ばす。魚特有の臭みも極力抑えられたそれは、無駄な油もあまりないのでさらに手が進む。

 

 俺はそこから料理に夢中になってかぶりつく。あまり祈莉の方を見ないように。

 そして、茶碗が空になり、俺はそれを持って流しに向かおうとした、その時だった。


 「奏汰君、はい」

 「……え?」


 祈莉の声が聞こえてパッと前を向くと、そこには焼き魚を挟んだ箸が俺の目の前に現れる。

 

 「は、はいって?」

 「あんまりにも美味しそうに食べるので。食べてる時こっち見ようとしなかったので、ふふっ!目が合いました」


 その表情に思わず顔が熱くなる。どうやらからかわれているらしい。

 だが、そんな事をされた以上、こっちだって意識したら負けだと分かっているので、意識してない風を装ってその端にかぶりつく。


 「う、美味いな……」

 「そうですか、良かったです!もっといりますか?」

 「はぁ?」


 そこで俺はあることに気づく。

 (こいつ、俺に自分で食わせておいて表情一つ変えてない?……え、無自覚?)


 「お、俺はもう洗い物してるな」

 「あ、っもう……ふぅー」


 そそくさと洗い物を始める奏汰を見た祈莉は静かに息をつく。

 さっきのあの行動は、最初は素だった、だが、あまりにも奏汰が動揺していたのを見て自分が何をしているのかに気づく。

 ただ、そこで恥じらったりすれば、奏汰にいじられてしまうと思い、咄嗟に恥ずかしさを堪えて演技に徹したのだ。奏汰はそれに見事に騙され、祈莉は素でやっていたという結果だけが残る。

 (あんなところで気づくなんて、奏汰君の事言えないじゃないですか!……でも、奏汰君、少し可愛かったですね)

 さっきの奏汰の真っ赤になった顔を見てつい小さな笑みを浮かべる。決して奏汰に悟られないように。


 学校では、誰なのかはばれていないが、私と奏汰君の事が断片的にばれてしまった。

 でも、この関係は出来るなら続けていきたい。

 最初は好奇心で近づいて、それから気づけば奏汰君にそう言う感情を持つようになった。

 この感情が本物なのか、それとも一時的な物なのかは分からない。それでも、この時間は心地が良いから。

 

 (私を初めて見てくれたんです。そう簡単に壊されてたまりますか!)

 

 これからも、この関係性は出来ればばれないようにこれからも気を配っていこうと意気込む祈莉。

 一方奏汰は、さっきの祈莉の行動について、今も頭を悩ませている。


 「祈莉。さっきみたいな事はもうやるなよ?外でもな?」

 「外ではやりませんよ?奏汰君にしかしません」


 心臓に悪いから出来れば自分にもやらないで欲しいと思うものの、それでも、悪い気はしないのでたまになら良いのでは?


 なんて考えながら、使い終わった皿を洗剤のついたスポンジで綺麗にしていく。

 

 その様子を祈莉が薄い微笑を浮かべて見つめているとも知らずに……。

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