41 白宮と男の存在
昨日は家に来た田中さんに原稿を渡したことで、俺のストレージは空になってしまった。
ただでさえ仕事が遅い俺が、こうして原稿を渡してしまった。それはつまり、また俺は仕事に追われる日々が始まったという事だ。
普通に書いてれば締め切りなんぞには追われない?
全くその通りだと自分でも思う。だが、それでも書けないものは書けないのだ。パソコンに向かいジッと画面とにらみ合い、そして頭に浮かぶのは夕飯の味。
「ああ、料理が美味すぎて集中できないのか?」
どうやら俺はいつの間にか祈莉に精神支配を受けていたらしい。まさか、祈莉が能力者だったとは!?
とまあ、おふざけはこの辺にしておこう。
さっきも言った通り、俺はまた次の締め切りまでに書き上げないといけないのだが、昨日の夜に書き始めようとパソコンに向かったら、何も浮かんでこず諦めてベッドに入るのだった。
おかげで昨日の文字数は脅威の0!!
カッコよく言えばWRITING・ZERO!!である。なんか思ったよりカッコいいかもしれない。
だが、どんなにかっこ良かろうと締め切りに間に合わなければ笑えない。
以前、あれは確か2巻だっただろうか?その2巻の発売日の一か月前になっても、俺はまだ一文字も書いていないことがあったのだ。
別にサボろうとか、そういうことを考えていたわけではない。ただ、どうしても書けなくて締め切り一か月前になっても手が付いていなかっただけだ。だが、そんな俺の言い訳を田中さんが聞いてくれるはずもなく。結果、俺は一週間程風邪と言って学校を休んだのだった。
(そう言えば、その時田中さんが何回か料理してたっけ?あれも中々に美味しかった気がする。まあ、俺は祈莉の料理の方が好きだが)
と、そんな事を考えながらふと時計を見ると時刻は現在7時30分。今日は祈莉は泊っていないので家には俺一人。
朝は昨日の残りの麻婆豆腐をレンジで温めて米飯と共に頂く。
一日経ったはずなのに、美味しさはそのままで祈莉の料理の腕にこれまた感嘆する。
「ほんと、美味いよなぁーこれ」
これが毎日食べられる自分はなんて贅沢なんだろうか?と思いながらも、それがいつまでも続かないことは知っている。
俺だってもう高校生活の半分を過ごして、これからは折り返して卒業に向かって行くのだ。再来年の春にはもうここにはいないかもしれない。
それに、祈莉にだってもしかしたら交際をすることもあるだろう。そうすれば俺は……
そこで祈莉の事を考えるとなぜかもやっとした気分になる。
「別にいいだろ。あいつだって女子高生なんだから、俺と違って恋ぐらいするだろ」
そう自分に言い聞かせ、そのよく分からない感情を押し殺す。
意味が分からない。
最近はこんな気持ちになることがたまにある。
祈莉をあまり他の男には、とかそんなことを考える醜い自分がいて、そんな自分に対していつも言い聞かせる。
もやもやとした気持ちは寝間着と共に自室に脱ぎ捨てて、俺は支度をして学校へ向かうのだった。
学校は、なんだか少し騒がしかった。
昨日も一部では騒がしかったものの、今日はさらにその騒がしさが回りへと伝播しているように感じる。
そして、なんだか悟りでも開きそうな顔をして柾が俺の席へと近づいて来る。
俺の席は窓際の一番後ろなため、傍から見ればクラスの陰キャをイジメる陽キャ、みたいな組み合わせに見えるだろう。無論このクラスの人たちは俺と柾が仲が良い事を知っているので気にも留めないが。いや、柾の事は気に留めているだろうけど、俺には留めていない。
「なんだよその顔。いつにもましてキモいな」
「フッフッフ。奏汰、俺は今朝、そこな女子からこないな話を聞きはりましたわ」
「ほう……それで?その話って?」
柾が話を聞いた。そう聞いた時点で嫌な予感がした。いわば、勘という物だろう。そして女子が、というワードが警鐘を鳴らす。
一体どんな話なのか?それは次の言葉で焦りへと変わる。
「夏休み中、うちの『理想の後輩』との呼び声高い、学校一の美少女の白宮祈莉さんが、学校では見たことのない笑顔で男性と手を繋いでいるのが目撃されました」
「なんでそんなニュース口調?」
「目撃者の証言によると、少なくともこの学校の生徒ではないという事です。特徴としてはかなりのやせ形、そして身長は170センチ程。少し長めの前髪は上に上がっていて、かなり整った顔立ちをしていたそうです」
「……」
「男は、やせ形で、」
「もういい分かった、やめろ!」
俺が柾を静止させると柾はいつもの笑顔に戻る。
(こいつ、絶対面白がってるだろ?って、これってまだバレてないよな?でも、手を繋いでとなると、ショッピングモールの日か)
「いやぁー白宮さんが満面の笑顔を向ける好青年かぁー。会ってみたいなぁー?」
「お前うるさい。ほんとにうるさい。やばいって、ばれたらどうすんだ!?静かにしろ。俺の学校生活が懸かってるんだ」
俺が柾にそう言う中、教室内の女子たちはその話に華を咲かせている。どうやら目撃者はこのクラスの女子らしい。
そして、男子たちは露骨に崩れ落ちる者もいれば、目が虚ろになっている者もいる。皆一様に何かしらのショックは受けている。
(というかこいつら祈莉の事どんだけ好きなんだよ?話したことも無いだろう奴まで、って。もう軽く引くわ!)
こんなわけの分からない男にまで好意を向けられるなんて、祈莉は本当に苦労しているようだ。
「言っとくが、俺からは何も言う事なんて無いからな?ここは学校だし」
「へぇー?じゃあ、学校じゃなければ?」
「話さねーよ!何も話すこともねーよ!」
「そんなあからさまな反応して。何かあるって自白したようなものじゃない!」
「そのお姉口調やめろ!」
その後、俺は一日冷や冷やしながら過ごしたが、流石に男が俺だなんて誰も気づいたりはしなかった。とりあえずは安心できるだろう。
俺は冷や汗ドバドバになりながら、今日は授業を受けてすぐに帰るのだった。
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