26 確かに変わったもの
「白宮、何か欲しい物とかあるか?」
「え?」
モール内を歩きながら白宮に質問する。すると驚いた声を上げる白宮。
「最近は世話になりっぱなしだったし、そう言えば何もお礼してなかったから」
「あー。そう言う事ですか」
ここ二か月ほど、白宮は一週間の大半はうちに寄っては家事を手伝ってくれた。というかほとんど一人でやってくれていた。
俺も食器洗いくらいはやっていたが、料理の手伝いなどは何も出来ていない。
そんな白宮に今まであろうことか何も礼をしていないのだ。
この際だし、何か好きな物でも送った方が良いだろうと思ったのだ。
「そうですねー」
「まあ、高い物でも今回は良いよ。いつも世話になってるわけだし」
最近金はあまり使っていなかったのでまあまあ余ってはいる。
それに、今までもそこまで湯水のように使っていたわけではないのでそこそこ貯金はあるつもりだ。
少し高めの洋服とかなら数枚は買えるだろう。
「先輩って夢が無いですよね。その、現実主義者みたいで」
「なんだよいきなり」
「何もそこまでお金かけなくても良いんですよ?」
「じゃあ、例えば?」
「そうですね。あ、そうだ!私、行ってみたいところがあるんです!」
白宮は目をキラキラと輝かせて俺にそう言って歩き出す。
やってきたのはアミューズメントコーナー。いわゆるゲーセンだ。
小さい頃はよく父と母と一緒に来ていたが、つい最近までは全然近づきすらしていなかった。この前柾に連れられて久しぶりに来たが、やはりというか、爆音で耳がイカレテしまった
「凄いです」
「うるさくないのか?」
「いえ。それ以上にキラキラしてて、凄い。こんなの初めて見ました!」
流石はお嬢様、ゲームセンターに一度も来たことが無かったらしい。
白宮の場合はゲームをやろうという感覚すらなさそうにも思っていた。
「ゲーセンか。何がやりたいんだ?」
「そうですね。一通り全部やってみたいです!」
「全部!?そうか、まあ、分かった」
「嘘です。そこまでお金は使えませんし、それに時間も無いですから」
別に金は良いだろ?と思ったが、そこは譲れないらしい。
(これは、アレだな。結婚したら無駄遣いとか許さないタイプだな。きっと旦那さんはお小遣いがほとんどもらえないのだろう)
そう思うと将来この少女と結婚するであろうどこかの誰かが不憫に思えて来る。
「先輩、じゃあこれやりたいです!」
「あー」
そう白宮が指さすのは太鼓を叩く某音ゲーだ。
「お前リズム感は……なんでもない」
「では始めましょう!」
俺は100円を機会に入れる。
そして曲を選択する画面になり、
「好きに曲選んでいいぞ」
「えっと、じゃあ……これで」
白宮が選んだのは、最近はやりのポップスでもなければアニメソングでもない。
俺は名前すら聞いたことのないクラシックだった。
「いや、ちょっと待てよ」
「すみません。音楽っていうとこういうのしか知らないんです。よくテレビとかで流れてるポップスの曲とかは名前が分からなくて」
「だからってクラシック選ぶ奴があるか!?まあ、もう選んじゃったし。それにお前が好きならそれでいいけど」
そう言って横を見ると既に俺の言葉は届いていないらしく、物凄い集中が伝わって来る。
(え?こいつこれ初めてだよな?なんでこんな歴戦の猛者感溢れてんだよ!?)
曲が始まり、凄い速さで大量のゲーム特有の音符が流れて来る。
(え?こいつ難易度一番上に設定したの?なにこれ、俺出来ないんだけど?)
俺はあまりの難しさにしばらくの間呆然としている。そして、隣を見ると……
その姿は、まさに猛者だった。流れて来る音符を一つも落とすことなく完璧なタイミングで全てを叩く。いくつかある音符の種類を一瞬で覚えたのも驚いたが、何よりこの集中力と反射神経だ。バチを動かすスピードが半端じゃない。この間俺も柾とやったが、いつもやってるあいつでもこんな動きは不可能だ。
そして、凄いガチ勢のようなスコアを叩きだしているにも関わらず、そのプレイの様子はまるで妖精が躍っているようで、とにかくこのゲームに於ける廃人たちと遜色のないプレイをしていたのに、その様子はただただ綺麗でしかなかった。
やがて全ての音符を叩き終わり、曲が終了する。その顔は凄く楽しそうで、満足そうだ。
まるで今の今まであんなにガチ勢を超える勢いで太鼓をたたいていたとは思えないほど爽やかな表情をしている。
「ど、どうだった?」
「凄いです!これ、凄く楽しいです!」
「そ、そうか……それは良かったな」
周りには今の白宮のプレイにつられて人が寄ってきている。
「そろそろ他のとこ行くか」
「まだ、もう一曲できるらしいですよ?」
「は?あ、そう言えば」
このゲーム、忘れていたが一定スコア以上出すともう一回遊べるのだ。
結果、白宮は人目を集めながら、またフルコンボを達成するのだった。ちなみに俺はフルボッコだどん!?
一通りやりたいゲームを終えたのか、そろそろ次の店に行こうとして、最後に白宮はとある機械の前に行くのだった。
「これがプリクラですか」
「おい、これを撮るのか?なあ、こういうのは俺じゃなくて」
「いえ、先輩が良いんです……駄目、ですか?」
「……はぁー。分かった。分かったよ。撮れば良いんだろ?」
気乗りしないまま、それでもあんなお願いのされ方はずるい。まあ、それにいつもの礼なので断ることなんて出来ないのだが。本当にこんなゲーセンで遊ぶことが礼になるのか疑問に思えて来る。
中に入り、早速撮っていくのだが、
「先輩、もっとこっちですよ?」
「いや、そんなにくっつかなくても」
「くっつかないと撮れないじゃないですか!」
仕方が無いのでもう少し白宮の方に寄る。いつも、洗い物をしている時ですらこんなに密着することはない。
俺の心臓はもう破裂するんじゃないかという程に激しく脈打っている。
「先輩、もう少し表情を柔らかくしてください」
「わ、分かってる。分かってる……」
そう言いながらも俺は正面のカメラを向かずにその顔を少し隠すように少し俯く。
が、その後出来上がった写真を見て、白宮は嬉しそうに笑うのだった。
「ふふっ!先輩、顔真っ赤じゃないですか!」
「い、ち、違う。これは……」
それはその写真を一枚貰って財布に入れる。
そして、それを見て自分でも少し驚いた。
俯いた気になっていた俺の顔は、意外にも、少ししか傾いていなかったのだ。
「ふっ。確かに、これじゃあ丸見えか」
「そうですね。全部見えてますね」
そう。もはや隠すことも出来ないほど丸見えで、自分でも凄く驚いた。
確かに、白宮と一緒に居る時の自分は、いつの間にか前よりも明るくなっていたと思う。
俯きがちだった俺にとって、初めての近しい関係で、それはまた柾や秋葉とは違っていて。
いつの間にか、俺は白宮に心を開き切っていたらしい。
誰にも心を開かなかった俺を、初めて友達だって呼んでくれた柾。そんな柾と同じように、面白いと言って何かと気にかけて来た秋葉。
そして、最初は嫌で仕方が無かったのに、いつの間にか一緒に居るのが当たり前になっている白宮。
俺の、他人に対する堅さが、今この写真には全くない。以前の俺なら、多分この顔はつまらなそうな仏頂面だっただろう。そう考えると、俺も随分と変わっていたらしい。
それはこの写真を見ても明らかで、だから、それが少し嬉しくもある。
自分をこうして変えてくれた、世界を変えてくれた三人の優しさも、ここに一緒に写っているように感じて、
「ありがとな、白宮」
「……!!」
「俺、なんか、ようやく変われた気がするんだ。白宮たちのおかげで、ようやく……」
そんな俺の言葉に驚いている白宮。
「……どういたしまして。先輩が変われたって、思えて、そこに私たちの存在があるのなら私も嬉しいです」
「そうか。よし、じゃあ下で食材買って帰るか」
「そうですね。帰ったらすぐ夕飯作りますね」
「ああ。楽しみだ」
そうして今日はいろんな事を実感しながら、この高校生活が俺にとって有意義な物なんだということを初めて教えて貰った気がした。
俺は、少しずつ、一歩一歩、歩いていけてるのだと、それが証明された気がした。
あと一つ、白宮は結構ゲームが好きだということもメモしておこう。
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