25 一口は小動物並みで
少し歩き、そしてそのままフードコートに向かい、二人席に腰かける。
周りはオープンしたてで、またお昼時なのもあってか小さな子供連れの母親たちの姿が多くみられる。そしてその他には高校生くらいだと思われるのも多く見かける。
(やっぱり、こういうところって高校生大好きだよな。嫌な予感はしてたけど、こいつら当たり前の様にいるんだもんな)
その光景に少し罪悪感を覚える。俺はこの髪と服装を元に戻せば誰にもバレることは無くなるだろう。
それでも、目の前の白宮は違う。きっと休みが明ければ質問攻めにもされるだろう。事実今ももう既にその同じ高校の生徒と思われる奴らは白宮の方を見ている。
「ごめんな白宮」
「急に何ですか?」
「いや、なんでもない」
今のこの楽しい時間にわざわざ水を差すことはないだろうと思い、そのまま言葉を濁す。
少し首をかしげる白宮だったが、すぐに手元のこのモールのパンフレットで昼食を何にするのか悩んでいる。
「先輩は何にしますか?」
「俺は、暑いし冷たいうどんにするよ」
「うどんですか」
「白宮は決まったか?」
「これ、結構悩みますね」
そう俺に悩んでる二つを見せて来る。一つは色々乗った、いかにも女子の好きそうなパンケーキ。
そしてもう一つは見ただけでそのサクサクが伝わってくるようなクロワッサンの画像のパン屋。
(いや、何ここのフードコート、お洒落すぎだろ!?)
だが、白宮はどうやらパンケーキのほうが少し食べたいらしい。
「じゃあ、パンケーキで良いんじゃないか?それで食べれそうならパン屋に行けばいいし」
「そうですか?じゃあ、そうします!」
「じゃあ、先買ってきてくれ。俺ここで待ってるから」
荷物を置いたまま二人で買いに行くのは少し危険なので先に白宮に行かせる。
生憎とパン屋は少しこの席から遠い。それに比べうどんは今も俺の目のすぐ先にある。
俺の言葉を聞いて「なら、すぐに行ってきますね」と言って、少し早足で店に向かう白宮。
余程楽しみなのか表情がさっきから緩んでいる。
それから買って戻ってきた白宮に代わって俺はうどんを買うが、流石うどん。ほとんど時間なんて掛からずに出てくるまでに約30秒ほどでレジで会計をする。
ここは無難におろし醤油うどんにした。もちろん冷たい方で。
席に戻ると白宮はもうパンケーキを切っている。その切り方もやはり礼儀正しくとても綺麗だ。
「早いですね先輩」
「うどんだしな」
席に座り、上に乗っかているすだちをうどんにかけていく。
醤油のかかったおろし、そしてネギ。最後にその上からすだちをかける。このうどんの下の方にあるつゆは少し味が濃い。だが、そこにすだちをひとかけするだけで酸味の効いた俺好みの食べやすい味になる。
俺はそれをすすってたべようとして、ふと白宮を見る。
すると、まるで小動物のような小さな口が切り分けてあるパンケーキを少しづつ食べている。俺ならばあの大きさのは三枚なら一口で行ける。それを白宮は数口に分けて食べている。
しかも何よりその食べ方がうさぎやリスのような小動物の様で、少し心臓が跳ねる。
(口小さいとは思ってたけど、こうやって近くで見るとまた可愛いな!というか、パンケーキだから余計に可愛さが。これは、学校中の男たちが見たら倒れるだろうな)
それほどまでに、その食べ方は可愛らしい。しかもそれを口に入れた瞬間とても美味しそうに笑うのだ。そりゃあ誰だってドキドキはするだろう。
俺がそうして白宮を見ているのに気づいたのか、途端に顔を赤くする。
「あの。そんなにまじまじと見られると恥ずかしいです」
「あ、いや。ごめん」
「いえ、嫌ではないですけど。でも、ここは少し……」
「そ、そうだよな。ごめん」
柄にもなく人の食べ顔なんてじっくりと見てしまった。
でも、これは不可抗力というか、多分男でも女でも見惚れてしまうだろう。
俺はその恥ずかしさを紛らわせるようにうどんをすする。ただ、ここで音を立ててすするのも目の前で上品に食べる白宮に失礼なので、取り敢えず音やつゆが飛ばないように気を付けて食べる。
すると、今度は白宮が俺の方をジッと見つめて来る。
(今日は本当にぐいぐい来るな。まあ、いつもの憂さ晴らしなら仕方が無いか。でも、結構食べにくい)
「あの。どうかしたか?」
「いえ、ただ先輩のうどんが少し気になって……」
「ああ、なんだ。じゃあ食べてみるか?」
「え?」
「ほれ」
俺はそうやってうどんを白宮の方に寄せる。
少しすだちがすっぱいかもしれないが、それでも爽やかな味わいだから白宮も嫌いではないだろう。
なんか少し戸惑ってるが、どうかしたのだろうか?
「先輩……いえ、いただきます」
何か言いかけてそれをやめる白宮。
やがて一口すすり終わるとよく噛んで呑込む。
「凄い爽やかですね。つゆが少し濃いですけど、すだちの酸味で凄く食べやすくなってます」
「おお!!お前にもわかるかこの味が!!流石はあの料理を作るだけのことはあるってことか」
白宮のその的確な食レポについ興奮する。
実は俺もこのうどんは高校に入るまで食べたことが無かった。だが、たまたま柾と知り合って、放課後にこのうどんを食べたのだ。
最初は少し戸惑ったが、出てきたそれは美味しくて、以来俺はこの味が忘れられず、しばしばあいつと通っているのだ。高校生にしては渋い好みではあるが。でも、やはりこの時期はこういうさっぱりしたものが良いのだ。
それから数十分程して、ようやく白宮もパンケーキを食べ終わる。
そして、白宮が食器を返しに行ったとき、俺はそこでようやく重大なことに気が付いた。
なぜさっき白宮がうどんを食べる時戸惑っていたのか。
(俺、なんか凄いナチュラルに勧めてたよな?マジか、やった。これはやってしまった。やばい、どうりであんな気まずそうな顔をしてたのか)
それに気が付いたら自分がとんでも無い事をしていたことに気づく。
俺はそこで少し気まずくなるが、多分白宮もさっきの俺の態度から察していたのだろう。
これは何も言わずにやり過ごそう。そう心にそれをしまい込む。
やがて帰ってきた白宮に代わり俺がそそくさと足早に食器を返しに行く。
その食器の中にある箸を見て、俺はまた罪悪感を覚えるのだった。
それから今度は買い物をすることにした。
主に日用品やら、あとは食材調達を目的としていたが、まだ時間は十分に余っている。なにかいろんな場所を見るのもありだろう。
それに、今度白宮が母親と来るときの勉強にもなる。
白宮の精神的支柱が母親なら、よりよい関係を築いてもらいたい。少なくとも、父親からその心を守れるくらいには。
「白宮は何か見たいものとかあるか?」
「見たいもの、ですか?」
「ああ、なんでも良いんだ。服でもアクセサリーでも」
そこで、白宮はこの前、秋葉とした話を思い出す。
なんでも、今度柾と奏汰も連れて海に行こうと計画中らしい。もちろん奏汰には言っていないが。柾と秋葉はそう言う事が大好きな人間なので、きっとギリギリになって伝えるのだろう。
そして、海で必要なものと言えば、やっぱり水着。と言う訳で、今日は水着を選んでくるように秋葉に言われているのだ。
少しの緊張と恥ずかしさを押し殺して白宮は奏汰に水着を見たいことを伝える。
「あの、私……水着が見たいです」
「……」
突然の白宮の言葉に固まる奏汰。
(いやいや、待て、少し待とう。水着を見るのは百歩譲っても普通だとして、それを俺に言うか?)
「あ、分かった。じゃあ、俺は本屋にでも……」
そこで白宮は秋葉から言われた言葉をもう一つ思い出す。
「絶対奏汰はどこか行こうとするから、手でも掴んで無理やりにでも引っ張ること!」
その教えを実践すべく、奏汰の手を握る白宮。
「せ、先輩も一緒に選んでください!」
「は!?」
奏汰に有無を言わせず、そのまま引っ張っていく白宮。
そして二人で水着を選ぶために女性水着専門店へと入っていくのだった。
―――
一時間程経ち、ようやく水着を選び終えた白宮。
たまに店員のお姉さんとすれ違うと、少し微笑まし気に笑っていた。どうやら不快には思わてはいなかったらしく、俺は無事生還するのだった。
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