24 『理想の後輩』はお母さん子らしい

 電車に揺られること数分。

 そのあとまた少し駅から歩いて目的地まで向かう。

 降りた駅からは人通りが少し多くなっていた。それもその筈でこの駅はターミナル駅になっているからだ。降りればビルが立ち並び、二駅前の自分たちの町のあの静かさとは程遠いくらいいろんなものが大きく、そしてうるさい。

 車の数は言わずもがな、バス停の他にもタクシー乗り場や送迎の車が押し寄せている。

 そして何より人通りが多い。今の時間がちょうど昼休憩の時間だというのもあるのだろう。この時間に来ことはあまりないので少し新鮮な気もする。


 そして俺たちは目的地へ向かうのだが、人通りが圧倒的に多くなると、必然的に人の目も多くなる。注目を引く白宮はさらに多くの人に視線を向けられている。

 あまりのその多さに、俺には向けられていないはずでも俺まで居心地が悪くなってくる。

 人込み嫌いでもある俺が、こんな視線に晒されるのは軽い拷問と言ってもいい。だが、そんな俺と違い白宮は涼しい顔で俺の横を歩いている。

 横、と言っても少し斜め横を歩いている白宮。その顔には俺のような動揺は見受けられない。これもいつもの事なのだろう。綺麗なのも少し考え物だ。


 そんなことを考えながら交差点を渡る。

 だが、流石に人が多い。俺はその人の多さに圧倒されてしまう。


 そんな時だった。


 どんどんと白宮が人の波に流されていく。

 今まで動じなかったその顔に初めて焦りの色が見え始めるが、少し離れてしまっている。

 正直、既に疲れが溜まっている。出来ればこのまま流されたい。でも、それは出来ない。


 なんだか、流されている白宮がとても怖そうな強張った表情を作っていたからだ。

 確かに、この人込みの中でもし転んだり倒れようものならそこから一斉この場の人たちが倒れて行って大惨事に繋がることもあるだろう。


 人込みを掻き分けて、不安そうな顔をする白宮の方へと進んでいく。

 あと数歩、三歩、二歩……一歩、


 「大丈夫か?嫌だろうけど、少し我慢しろ」


 そう言って白宮のその白く、小さな手を掴む。この人込みの中でまたはぐれようものなら面倒なことになるからだ。

 いきなり手を繋ぐなんて嫌がられるだろうが、それでも安全面を考慮するとこれしかない。

 でも、案外ほっとしたのか白宮も俺の手を握り返してくる。


 やがて交差点は渡り切って、もう少しで目的地だ。

 

 「悪い、急に手なんか掴んで」

 「い、いえ。私が流されたのがいけなかったですし」


 白宮はそう言ってをさらに強く握る。

 やはりというべきか、相当にあの状況は心細かったのだろう。

 才色兼備、天にすら愛されているのではと思うその全てをもってしても、数の力には圧倒される。普通の女の子同様流されては不安な顔をする。

 その姿が少し新鮮で、俺はそれと同時にほっと一息つく。

 あの状況で捕まえられなかったらと思うと今でもひやひやしてくる。


 だが、もう別にその心配もない。

 だからそろそろ手を離してもらいたい。


 「白宮、そろそろ手離してもいいんじゃないか?」

 「あ、えっと……」


 そこで白宮は押し黙る。

 その手はさらに強く握られて少し痛いぐらいだ。

 余程怖かったのだろう。何せ俺の手を掴んで離さないくらいだからな。


 「そっか。まあ、お前が嫌じゃないならいいけど」

 「良いんですか?」

 「流石にあの状況でお前も怖かったろ?ならもう少しくらいなら貸してやるよ。減るもんじゃないしな」

 「そう、ですか。ありがとうございます」


 それからも白宮は俺の手を離さず強く握っている。


 「そんなに強く握るな。別に俺からは離さないから」

 「あ、すみません。つい」

 「まあ、謝るほどの事でもないが……ほら、着いたぞ」


 こうして俺たちは大きなショッピングモールに到着したのであった。


 外観は流石、新オープンなだけあって綺麗で、所々がガラス張りになっていたりと少しお洒落な感じだ。ショッピングモール自体、俺もそこまで行ったことがあるわけではない。小さい頃もほとんど買い物には行ったことは無かった。

 いや、正確には小学校に上がる頃には行かなくなったのだが。

 

 そんな俺と同じようにその外観を眺める白宮は、心なしか少し興奮しているようにも見える。

 その表情は学校で見せるような取り繕った上品さMAXの物ではなく、年相応の少女のような感じを受ける。


 「白宮もこういう場所はあんまり来ないのか?」

 「あんまりというか、ほとんど来たことないんです。私、家があれなので、全部親が買うもので、だからこういう場所はあまり来ません」

 「そうか。やっぱり大変なんだな」

 「でも、お母さんとはよく買い物に行ったりはしてました。今でもたまに行ったりはしますし」

 「お母さんは優しいんだったか?」

 「はい。とっても、私を大事にしてくれるんです。お父さんの分までって。そうやって凄く、優しく」

 

 そうか。今まで白宮が父親にあんな顔をさせられても生きてこれたのは母親のその愛情のおかげなのだろう。その話はかなり心に響くものがある。


 「いいお母さんなんだな」

 「はい。私にとって、誰よりも大切な、大好きな人です」

 

 そう母親の話をする白宮はとても嬉しそうで、母親の愛情の深さが良く窺える。素晴らしい母親何だろう。

 

 「そうか。じゃあ、次は白宮のお母さんと行けるようにしっかりと勉強しないとだな」

 「え?先輩がお母さんと?」

 「ちっげーよ!俺じゃなくてお前だよ!そんないいお母さんなら、ここで色々勉強して次はお前が楽しませてやればいいだろってことだよ」

 「ああ、そう言う事ですか。でも、先輩も来ても良いんですよ?」

 「なんで親子水入らずの時間に俺も行くんだよ。良いから早く行くぞ」

 「そうですね。まずはお昼を食べましょうか」


 全く、こいつは時々少し抜けていることがある。俺の事を愚鈍だという癖にだ。

 

 正面の自動ドアから中へと入っていく。

 その瞬間、汗ばんだ体に心地の良い涼しい空気が俺の汗をすぐに止める。


 (そう言えば、フードコート、ちょうどこの反対側って書いてあったな)

 

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