23 柾の教え通りに

 天気は快晴。今日の日中の予想最高気温は33度らしくまさに夏と言ったところだ。今は白宮のマンションのエントランスホールでソファに座りながら待っているところだ。

 流石はお嬢様で、このマンションは相当高そうだ。


 「このソファもなかなかの座り心地だな」


 俺としては少し硬さが足りないような気もするが、それでも座り心地は抜群だ。

 俺のいるこのエントランスの中央から向かって左側には少しお洒落な螺旋階段があり、上にはラウンジがあるらしい。

 俺はマンションには住んだことが無いが、相当高いのは間違いないだろう。ただのマンションに石のオブジェなんて置いてないだろうし。


 先ほどからエレベーターを降りて来る人も、いつもの俺の様にだらしのない恰好をしている人はいない。誰もが一応様になる格好をしている。さっき一人少しラフな格好をしている女性が下りてきた。が、そのラフの度合いもいつもの俺とは全然違い、お洒落ですらあった。


 「マンション怖いな」


 つい感想がぽろっと零れてしまう。だがマンションなんてほとんど知らない俺からすればここはいわば未知の世界であり、少し怖いのは事実だった。

 (白宮まだか?なんかもう凄く心細くなってきた。ここに座ってると下りてきた人たちが不思議そうな顔で見て来るから苦手なんだが?早く、早く来てくれ白宮!!)


 どうやら俺のその心の叫びが聞こえたのか、ようやくエレベーターから白宮が出て来る。

 少し小走りで俺の方へ来る白宮に俺は物凄い安心感を覚えるのだった。


 「あー安心した。やばい、何ここ、怖くないの?」

 「怖い?」

 「やばい、めっちゃ怖かった。さっきも降りてきた女の人にめっちゃ見られたし」

 「女の人……」


 その言葉を聞いた白宮は俺をジトっと見つめて来る。

 

 「先輩、今日も、髪型それにしたんですね……」

 「ああ。流石にいつもの髪型でお前と歩くのはな。幸い学校のというか、クラスの奴らにも顔覚えられてないから、これでごまかせるなら凄い手軽な変装だしな」

 「そうですか。それで、その……」


 何だろ?凄く白宮がもじもじし始めた。トイレだろうか?いやまさか。そんなラノベ主人公みたいな苦言を吐くほど俺も馬鹿ではない。


 これはアレだ。昨日柾に教えて貰った、ズバリ服装に関しての感想を待っているのだろう。


 「なんかそう言う服装って新鮮だな」

 「そ、そうですか?おかしく、無いですか?」

 「いいや、全然。むしろ似合ってると思うぞ?」


 柾直伝、困ったらまず褒めろ!

 柾曰「奏汰にはどうせ女の子の服装なんて何が良くて何が悪いとか分かんないだろうから、一先ず色とか柄とか、そう言うのを褒めるんだ。

 ただ、あんまり服装だけだと駄目だから、服装はあくまで服装として、メインは白宮さんていうのを忘れないように」との事だ。流石モテイケメンであの秋葉を落としたことだけはある適切なアドバイスだ。

 

 柾の教えを忠実に、それでいてシンプルに服装について褒めてみたが、流石柾の助言だけあって一応は喜んでくれたらしい。

 

 だが、一点。そう、一点だけ気になることがあったのだ。


 「白宮、お前結構肌出てるけど大丈夫なのか?」


 肌の露出が多い。今日は最高気温33度。真夏日も真夏日で、日光を浴びながら歩くとしたらいくら日焼け止めを塗ろうと多少は焼けてしまうだろう。

 透き通るような白い肌の白宮にとっては少し攻め過ぎではないかとも思うその服装。勿論この服装に文句があるわけではない。むしろ結構心臓は高鳴っている。

 が、それでもやはりその肌が焼けてしまうのはもったいないとも思い、


 「大丈夫です。しっかり日焼け止めは塗ってきましたし、それにほら!」


 鞄を何やらごそごそとして、中から一本の折り畳み傘を取り出す。


 「日傘も持ってきました。だから日焼け対策は万全です。それに、なるべく日陰のあるルートを通って駅まで行こうと思うので大丈夫です!」

 「そうか。なら良かった」


 意外にもしっかりと対策はしているらしい。何なら万全を期して日陰ルートまで探すという徹底ぶりだ。どうやら心配するまでも無かったらしい。


 「それじゃあ行くか」

 「はい。楽しみですね、二人で出かけるなんて」

 「そうだな。とは言ってもいつも結構二人だし、あんまりそこは変わんない気もするが」

 「先輩ってたまに鋭かったりしますけど、基本は愚鈍ですよね」

 「いきなり辛辣だな。いつもの憂さ晴らしか?」

 「まあ、そんなところです」


 とは言ってもあんまり憂さ晴らしをしてこないので少し心配していたぐらいだし、ここらで晴らしてくれればこっちとしても少し気が楽になる。

 思ったよりも今日は結構いい日になりそうだ。


 ―――


 「それじゃあ、そこを右ですね」

 「お、おう」


 歩き始めておよそ三十分程経っただろうか?

 普通、白宮の家から駅までは歩いて十分くらいの筈なのに、日陰ルートを進んでいるためなかなか着かない。なんならわざともっと遠くしているようにすら感じる。

 白宮はいつも通りいろんな話をしてくる。それに俺は耳を傾けて所々では合図値を打つようにしている。これも一応柾に教わった技だ。


 柾直伝、女の子の話には耳を傾けて相槌を打つべし!

 これはその名の通り、女子との会話でとても必要な事なのだとか。決して否定をしたり、また話のオチなどを聞いてはならない、と言ったものだ。

 女子は基本、話の内容よりも話自体を楽しむらしい。それが面白い面白くないとかではなく、ただ単にコミュニケーションを求めるらしい。そこにオチなんて求めたら一発でアウトらしい。また、話に対して聞いてもいないのに意見を言うのも駄目らしい。意見を聞かれても相槌を打つことが最適解らしい。もしそこで否定意見を言おうものなら次の日にはクラスで空気が読めない奴としてクラスで噂されるらしい。


 と言う訳で、俺はさっきから白宮の話を真剣に聞いては相槌を打っている。

 (が、まあ。なんかおかしくないか?流石にこんな長時間歩くのって、おかしくないか?それにさっきから同じところを回っている気がしないでもないのだが)

 

 「なあ、白宮。流石に時間かかり過ぎてないか?」

 「……ようやくですか」

 「え?ごめん。なんて言った?」


 なんか凄い小さな声でぼそっと何かを呟かれた。

 が、それは俺には聞こえない。俺の耳が遠いとか、そう言う事じゃない。多分白宮もかなり注意して凄く小さな声で言ったのだ。

 

 「いえ、すみません。少し確認します」

 「ああ」

 「あ、やっぱり少し違う道を通っていたようです。ここからはナビの通りに行きますか」

 「そうだな。それが一番確実だしな」


 スマホで地図アプリを起動した白宮はまたすぐに歩き始める。

 今度のその足取りは早く、あっという間に駅に着くのだった。


 だが、奏汰はそれをただ間違えていただけ、なんて流していたが、これは一応彼女の策略だったのだ。だが、やはりその愚鈍ぶりには流石の白宮も呆れ顔だが、奏汰はそんなことを知る由もない。


 駅に着き改札に向かう二人。今高校生の奏汰たちは夏休みだが、社会的にはそんなものは関係なく、平日のこの時間は比較的駅構内は空いている。

 何人か高校生らしき人もいるので、恐らくは同じ学校の人もいるだろう。

 今俺の隣を歩いているのは学校でも一番と称される美少女であり、その可愛さから上の学年からは『理想の後輩』なんてあだ名もつけられるくらいだ。 


 そんな白宮は今日も人々の注目を集めている。

 (これ変装してなかったら多分殺されてたな。やばいな。危なかったな。なんか初めてあの二人に感謝の念が湧いてきたわ。後で礼言っとくか)


 流石に白宮は人目を惹く。しかも駅には同じ学校の生徒もいるっぽい。結構危ないかもしれない。


 「凄い注目集めてるけど、お前っていつもこうなの?」

 「そうですね。自分の容姿が整っているのは先輩と違ってしっかり自覚してるので、気にしないようにはしてますけど」

 「そうか。なんか俺今日結構ディスられるな」

 「いつものお返しです」

 

 そう言って可愛らしくベロを出す白宮。

 それにしてもいつもこれだけ注目されるとは、俺だったら耐えられなくて引き籠っているところだ。 

 いや、今も半分引き込もりっぽくはなってるけども。


 話をしていると電車がホームにやって来る。案の定電車内も空いていて、席は結構空席があるのでドアの横に腰かける。


 白宮を端に座らせて俺はその横に座る。

 すると何かに白宮が反応する。


 「あ……」

 「ん?どうかしたか?」

 「あ……いえ。ふふっ!」

 

 何が嬉しいのか分からないが、白宮は優しく笑っている。

 

 「先輩、こういうところは紳士ですよね」

 「は?なんのことだ?」

 「まあ、愚鈍ですけど。そこまで行くと清々しいですし」


 (褒められてるのか?白宮はまあ、普通に嬉しそうだが。なんか全然褒められてる感じがしない)


 電車はそのまま走り出し、俺達は二駅目で降りる。

 その二駅分の数分間、俺は白宮の言葉の意味を考えていたが、やはりというか、俺には何も分からない。


 ただ一つ分かったのは、白宮がとても楽しそうだということで、


 (そこまで楽しそうなら、それでいいか。ま、そのうち分かるかな)


 なんて、俺は白宮の言葉の意味を考える事を放棄する。

 なぜって?無論、可愛すぎて何も考えられないからだ。 

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