22 蒸し暑くて、甘い
髪型を変えたあと、家にある服を柾と秋葉コーディネートしてもらった。
「服なんて別に適当でも」と言ったところ秋葉にドン引きされて柾にゴミを見るような目を向けられたのでおとなしく従うことにしたのだった。
服も選び終え、柾と秋葉は夕食を食べた後で帰っていった。
家の中には食器の片づけをするために白宮だけが残っていた。時刻はもう既に9時を回っている。隣で一緒に食器を洗っている白宮は今も俺の事をちらちらと見ながらも特に何も言わない。
なんだかそれが少し珍しい。いつもならもっとジッと見て来るからだ。
静かな空間に食器がぶつかりカチッという音が響き、水を流す音だけが部屋に広がっている。
ただただ無言の白宮。何も言わず洗い物に集中している。その横顔は相変わらずとても綺麗で、この前柾の言っていた女神という表現がしっくり来た。
「白宮、もう遅いし今日は泊っていくか?その方が明日も一緒で行きやすいだろ?」
居たたまれなくなった俺はついに声を発する。
だが、発した言葉が案外的を射ているもので少し安心する。朝のような失態はどうやら繰り返さないで済んだらしい。
「えっと……いえ、今日は帰ります」
「あ、そう……?」
(マジか?え?最近はよく泊ってたし別にうちに泊まることにはもう抵抗ないと思っていたが、まさか俺本当に何かしたんだろうか?)
そう思うと途端に不安になってきて、それを聞いてしまう。本当に何かやらかしていていたらどうしようかと思いながらも今も心臓はうるさいぐらいに脈打っている。
「なあ、なんか俺やらかしたか?」
「……ど、どうしてですか?」
(あーもうこれ絶対何かやってるパターンだよ!マジか。本当に心当たりがないんだが?何か心当たりもあれば素直に謝れけど、なんも出来ないし)
「そ、のな。お前、さっきから態度が、その……アレだから。少し冷たいというか、なんか避けてるっていうか」
「っ!!こ、これは違うんです!別に先輩が何かしたとかじゃなくて、寧ろ私が悪くて……」
「いや、何もなくて避けたりしないだろ?俺が悪いんなら謝る。お前に最近負担かけ過ぎてることか?労いが足りないとかか?それとも……」
心当たり、というか思いつく限りの彼女のストレスの要因になりそうなものを上げていく。
心当たりが無いのならもう見つけるしかない。
そう思って聞いていくと、突如彼女が耳を疑うような言葉を吐いて、
「せ、せ先輩が……あ、あまりに、さっきと違って……かっこいいから……」
顔を、真っ赤に染めながらそう言う白宮。洗い物を終えたその赤い手で真っ赤な顔を覆う。しかし隠しても手と顔の赤さが遜色ないので余計に赤いのが目についてしまう。
その白宮の言葉と行動にしばらくその場で固まる。
確かに、髪型は変えた。二人がいうにはそこまで悪くはない顔らしい。しかし、それでも面と向かって言われると凄く恥ずかしいもので、言葉を失ってしまう。
「あ、えっと……服装もそうですし、その……髪型も似合ってますし……」
しばらくその反応に戸惑いながら、何とか状況を理解しようとする。
そして、二人の言葉が頭に浮かぶ。
「なあ、俺の前髪って、そんなに顔隠してたのか?」
「え?あ、えっと、そうですね。初めの頃とかはあまり先輩の顔は見えてませんでした。後は多分雰囲気ですね。先輩は全体的に俯きがちなのでそれも相まって余計分からないんです」
どうやら俺の前髪は相当長く、顔を隠してしまうらしい。前髪6割、雰囲気4割と言ったところだろうか?
まあ、前髪はお風呂で水を付ければギリギリ鼻先まで伸びるといったところでかなり長い。
(そう考えると相当気味悪いんだろうな俺)
「やっぱり、先輩って自分の事とかあんまり見てないんですね。気づいてないのかな?とは思ってましたけど、そうですか。やっぱりでしたか」
「な、なんか少し恥ずかしいな」
「恥ずかしいのは私の方です!この間だって私の顔を覗きこんで……ああいうことは他の女の子にしちゃいけませんよ?」
「あ、そ、そうか?」
「どうしてかわかってないようなので言いますが、先輩があれをやった時、少し髪が流れて顔が見えるんです。だから、駄目です!」
「お、おう」
答えになっていなくないか?と思ったがまあいいのだろう。
今もほんのりと赤いその頬は少し可愛らしい。
背は小さくは無いのだろうが、それでも男の俺からしたら白宮は小さくて、だからまるでそれが恥ずかしがっている子供の様に見える。
「だから、私も……なのでもう帰ります」
「あ、そ、そうか。じゃあ送るよ」
家の戸締りを確認してリビングの電気を消す。
玄関の鍵置きから鍵を取って靴を履き替える。どうやら白宮はもう先に外に出たらしい。
そのまま扉を開けて、外に出る。
もう梅雨も過ぎて、これからは本格的に夏が始まる。
毎年、一人だった夏休み。高校に上がってからは柾や秋葉と一緒になった夏休み。
そして、今年は白宮がいる夏休み。
「先輩?」
「流石夏だな。夜なのに蒸し暑い」
「そうですね。でも、そんなのも悪くないです」
そんな風に無邪気な笑顔を見せる白宮。
流石にもう人通りは少なくなっているものの、それでもいつもよりは多く感じる人の数。
やがて白宮のマンションの前まで到着する。
「それじゃあ、明日はここに迎えに来ればいいか?」
「別に駅で待ち合わせでもいいですよ?」
「そうか。でも、まあ駅の方向一緒だし、ここで待ってるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言ってまた笑みを浮かべる白宮。
本当に最近はこういう笑みが増えた気がする。前まではずっと作り笑いだったから。
それを考えると心なしか俺まで嬉しくなってくる。
「それじゃあまた明日」
「はい。おやすみなさい、先輩」
白宮がオートロックを解除して自動ドアを開く。そして奥へと入っていくのを見届けた後、俺もその場を後にする。
カッコいい。その言葉が頭の中で何度も再生されている。
それは素直な称賛。俺としても初めてそんなことを言われて今も驚いている。
柾と秋葉の言葉が正しいなら、そこまで悪くなかったのだろう。
そして、そこで一つ疑問に思う。何故俺は子供の時いじめられたのか?
「それは正直今も謎のままだな」
だが、もう一つ。自己肯定感が低い事に関しては心当たりがないでもない。
あの日、俺の7歳の誕生日の日。
あの日から、俺は全て、あらゆるものを失っていったんだと思う。
それが今も胸に突き刺さっては決して抜けない。
それは呪い、あるいは後悔、絶望。
何もかもの色という色が消え失せて、何もかもが零れ落ちたあの日。
そして今でも夢を見る。
「もし、もしもがあるのなら、俺はもう少し自分に自信が持てたのか?」
それは誰に聞くでもなく、自分の心への問。
誰も答えてはくれない正解の見える事のない質問。
それはすぐに風によって搔き消されるのであった。
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