21 過去の呪縛から解き放たれて
現在は修了式。ありがたい校長の話を10分程聞かされている最中だ。
話が長すぎる。しかも最近の知り合ったらしいネギ持ったおばさんの話とかどうでもいい。
内心うんざりしながらもこれが終われば長い夏休みなので頑張って耐える。多少周りではあまりのつまらなさに伸びをする生徒もいるが、先生たちも同じ気持ちなのか特に注意はしない。
ようやく校長のネギ持ったおばさんの話が終わり、次に夏休み中の注意事項について生活指導の先生からの話が始まる。が、流石に生徒のやる気が今の10分ほどで奪われているのが分かっているらしく、本当にすぐに話が終わった。
先生のその優しさが生徒に伝わったのか、さっきまでうつらうつらしていた生徒も、隣の子と話していた生徒も、目が腐った生徒も、ほけーっと何も聞いていなかった生徒も一様にキラキラと下輝きをその瞳に宿す。
こうして修了式は終わり、教室に戻ってあとは少し担任の話を聞けば終わりだ。
そうすれば楽しい楽しい夏休みが待っている。
まあ、流石にそんな楽しい事ばかりではないのだが。主に、まだ一文字も書いていない原稿を何とかして終わらせなければならない。
次の締め切りは前が6月だったので一応9月になっているが、そこで残ったストックを一冊分出してしまえば、俺にはもうシールドは無くなり、ダイレクトアタックをもろに食らうことになる。
(とはいっても、全然進まないのが人間だろう。そんなすぐに小説一冊分をささっと書けるほど俺は容量が良くない。大体、この前一冊を一週間で書き上げたのだって奇跡みたいなものだ。毎日毎日寝る間も惜しんで、その上やる気が途切れなかったから出来たことで、今からあれをもう一回やるのは御免だ。でも、人って時間があると何も手に付かなくなるんだよな。)
俺は知っている。こうして頑張ろうと思って、計画を立てても、いざ実行に移すと全然思い通りに行かないことを。結果、この「計画は破綻している!」とかかっこつけて、全然何も手に付かなくなるのだ。
どうしたものか?俺にはこれを相談できるような同業者も特にいない。俺から積極的に交流を取らないから知り合っても仲良くはならず、そのまま他人に戻ってしまう。
(同類たちはどうやってやる気を出してるんだろうな。ま、俺とあんまり変わらなさそうだけど)
大体は気分転換をして、いろんなゲームやら映画やらを見たり、町へ出かけてみたり、一日中ボーっとしてみたりと、そんな感じだろう。
別に作家と言っても特に何か特別な事をやるわけじゃない。ただ普通に気分転換をするだけだ。ただ、ではなぜ俺が他の作家たちと違い、作業が捗らないか。それはズバリ、気分転換が気づけば壮大なものになっているからだ。
外を出歩けば気づけば県をいくつか跨いでいたり、新しいゲームを始めれば全クリまで終わらなかったり、ラノベを読み漁れば全巻読破していたりと、結果的に気分転換に時間を持ってかれるのだ。
(やっぱり、何かから追われてると逃げたくなるのが人情ってものだよな。ほら、特に締め切りとかさ?)
そんな夏休みの恐らく予知をしながら、適当に担任の話を聞き流しているとどうやら話は終わりらしく、もう帰る時間らしい。
号令がかかったので立ち上がり、そして礼をする。一応はしっかりとしておく。これが一学期の節目ならやっておいてもばちの一つは当たらないだろう。いつも適当な礼ばかりでなんだからだ。
「よし!じゃあ行くぞ奏汰!生まれ変わる時だ!」
「大げさだろ。ま、俺だと分からなくしてくれるなら何でもいい」
修了式を終え、時刻はまだ12時にもなっていないが俺の家へ向かうのであった。
―――
「じゃあ、始めるよ、まさ君!」
「ああ、こいつを男に生まれ変わらせてやってくれ」
「いつから俺は女になってんだ?」
三人でそう会話をしながら、俺はメイクルームで鏡の前に座っている。
相変わらず長い前髪だが、俺は別にこの長さは嫌いじゃない。むしろこの長さの方が安心する。
「あの、もう一回確認するけど、ほんとに前髪切らないんだよな?」
「そうだって言ってるでしょ!昨日は切ってやろうかなーって思ってたけど奏汰がうるさいし、そこまで嫌がられたらね。それに、考えてみれば、切っちゃったら奏汰モテちゃうから」
「それは無いだろ。ていうか、なら切った方が良いだろ?なんで?俺がモテると何か駄目なのか?」
「おおーまさ君の言ってた通り、相当イってるね奏汰!」
「だろおー?奏汰って女心が分かってないんだって。まあ、逆に切るのも一つの手だろうけど」
こいつらほんとになんの話をしてるのだろうか?
と思っていると後ろからパンッ!と顔を両手で挟まれる。
「よし!じゃあ、まずは髪を梳かすからっと」
シュッシュッという音と共に頭の上から霧吹きで水をかけられていく。
「奏汰って朝セットしないで来るでしょ?だから髪が少しぼさぼさなんだよ。これじゃあまずは形を整えるとこから入んないと」
「な、なんかすまん」
それでもなんだかんだで結構楽しそうに作業をする秋葉。
そのうち髪全体が良い具合に湿ってきたら、取り出したのはドライヤーだ。
温度は髪が傷まないように少し低い温度でかけるらしい。
くしで髪を梳かしながら結構手際よく髪を整えていく。
そして、完成したのが今の俺。横や後ろはさっきに比べて大分綺麗になったが、前は目に結構目にかかっているのでそこまで変わった印象は受けない。
流石のこれには秋葉も少し驚きを隠せないでいる。
「ま、前髪って、こんなに凄かったの?どんなに整えても顔が見えないだけで印象が全くさっきと何も変わらないなんて!?」
「まあ、見えても良いもんじゃないしな」
「奏汰って自分の顔が嫌いなのか?なんかお前ってそこらへん闇が深いよな」
「いや、別に?ただ小さい頃に家庭事情諸々と容姿についてでいじめに遭ったんだ」
「あー、なるほど。そう言う事か」
柾は俺の話に納得したのかうんうんと頷いている。
、結構俺は空気が読めるで定評があるんだが、どういうことだ?
「まあその悲しい過去事、その勘違いもここで終わるだろうけどな!」
「は?何の話だよ?」
「じゃあ、仕上げはこれだ!」
そう言って秋葉は鞄から何やら丸い手の平よりも少し大き目のそれを開ける。
「それなんだ?」
「え?ま、まさか奏汰、ワックスも知らないの?」
「ああ、それが。自分で使うのなんて小さい時以来だから。しかも付けたの自分じゃないし」
「小さいときって、逆に少しその頃の奏汰も気になるけど……」
ワックスのふたを開けて中からクリームを指で掬うと、それを手の平で伸ばして俺の髪の毛につけていく。
全体になじませるように付けたら今度は形を整えていく。
俺は目を閉じて終わるのを待つが、このワックスが髪を固める感じは少し嫌いだ。
やがて俺の髪を触る手が離れたので、そろそろ終わった頃だろうと思い目を開ける。
そこには、風呂場で髪を上げた時に見る自分の顔があって、別に特に何か変わったとも思えない。
「少し髪型変えただけで、他は何も変わってないな」
「奏汰、私は奏汰のその捻くれの理由に同情するよ!」
「精々その心の傷を白宮さんに癒してもらえ。お前はもう、十分自信を持っていい程生まれ変わってるよ」
何が何だか分からないまま俺は二人に連れられてキッチンまで行く。
いつもと何ら変わらない。いや、髪型が変わったことで印象も変わったし、顔も見えるようになった。とはいえ、俺にとってはいつも見ている顔に違いは無くて、
「あ、終わったんですか?せん……ぱ、!!」
「あ、ああ。何か髪型がいつもより大人っぽいけど、でもあんま変わってないんだよな。まあ、顔は多分ばれないだろうし、これで良いけど……どうかしたか?」
「!!……」
「良かった。良かったね奏汰ぁー!!」
「白宮さん、言葉がなくなってるね」
秋葉は少し泣きまねをした後柾に抱き着き、ちらっとこっちに顔を上げる。
横の二人はいつもの様にニマニマとこっちを見ている。
凄く居心地が悪い。
「ん?どうしたんだ白宮」
「あ、の……ず、ずるいです!そんなの!!」
そう言ってプイッと後ろを向いて屈みこむ白宮。
両手で顔を隠しているようにも見えた。
ずるい?と思いながら、なんの事か分からず横の二人を見ると、あからさまに呆れた顔をしている。
どういうことか分からないまま、俺は今日一日この髪型で過ごした。
白宮はというと、そんな俺を終始見ないようにしていて、
(嫌われたのかな、俺?)
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