12 『理想の後輩』に世話を焼かれてます!
一日が経った。
昨日のあの、学校の男子たちが見たら即死刑ものであろう白宮の手料理をあろうことか昼、夜と三食も頂いてしまった。
現在は土曜日。学校は休み。そして、俺の熱は嘘のように引いていている。それもこれも、今目の前で料理をしているこの少女のおかげだろう。
なんとお礼を言ったものか。
今まであんなにも酷い対応をしていた。何なら人としてすら見ていなかった少女にここまでされたのだ。自分の今までの対応がとても冷酷に思えてくる。
と、感謝の念で一杯になっているのだが、どうやら今朝彼女は見つけてしまったらしい。
絶対に開いてはならない、左端の戸棚を。
俺は今、病み上がりの体には少々厳しい正座をさせられている。
なぜって?そんなの俺が聞きたい。
「先輩。私、もう少し先輩は普通の生活を送ってると思ってました」
「ふ、普通じゃないと?」
ぐしゃっという音が響き、彼女の左手には箱ごと握りつぶされた某バランス栄養食がある。
(なんでそんな笑顔で潰すの?ていうかどんな握力だよ?女子だよね?)
「つっても、俺が今まで何食べてたなんて、そんなの関係ないだろ?」
「まあ、それは、そうですけど」
「なんだよ?」
「いえ、やっぱり駄目なものは駄目です!」
「じゃあどうするんだよ?」
「これは小腹が空いたとき以外は禁止です!というか、まずバランス栄養食なんですからこれ中心に生活してはいけないです」
なんともごもっともなその言葉に、俺は何も言い返せずうなだれている。
確かに、彼女の言ってることは何も間違ってはいない。栄養バランスは偏るし、一応男子高校生の平均的な食事量には全く達していないだろう。
流石にお腹が空いたときはコンビニに言ったりしているが、もともと小食気味なのもあってなかなかに骨ばった体つきをしている。
「そんなだとまた病気になっちゃいますよ?」
「おっしゃる通りで」
「分かってるならこれからは規則正しい生活を心がけてください」
と、言われても、正直そんな時間はあまりない。自分で料理、をするにも時間が掛かるのでやる気にならない。柾ほど酷い訳ではないが、それでもあまり料理には自信が無い。食べれる物は作れるが、味なんてそこまで美味しく出来ない。
「えっと、努力することを前向きに善処できるよう検討します」
「それ絶対出来ない人が言う言葉じゃないですか」
「うぐっ。でも、流石に料理はなぁー。外食じゃ駄目なのか?」
「駄目に決まってるじゃないですか!週に一度くらいならいいとも思いますが、それではまともな食生活が送れるとは思えませんし、お金もかかります!」
お金の事を出されると少し痛い。俺は自分で稼いではいるものの、なかなかに稼ぐのも簡単じゃない。月ごとに貰える金額は違ったりするし、毎日外食していては給料のほとんどが食費に持っていかれてしまう。それは中々に辛いものだ。
「じゃあ、俺はどうすれば!?」
大げさに頭を抱える。食生活問題並びに今の生活状況を一新させたいとは思うものの、そんなことはやろうと思って一朝一夕でどうにかなる話ではない。
第一、今の仕事もしながらなれない料理もして、他の家事をするなんて、とてもじゃないが出来そうにない。しかも基本俺は仕事が全く捗らないタイプの人間だ。今回はたまたま仕事が奇跡の様にうまく片付いたが、普段は一か月くらいは何も手に付かず、ひたすら机で考えるだけの日々だ。パソコンを叩き始めるのは締め切り一か月前。そしてそこからちまちまとやるのが普段の俺。
(そんな俺が他の事を?無理だろ。社会人ってこんなに厳しいのか?ナニそれ、働きたくないわー)
「まあ、私もこれからはちょくちょく見に来ますし、ご飯を作るくらいならしてもいいです」
「マジか!?」
その言葉に瞬時に反応する俺。
昨日から白宮の料理を食べている俺だが、正直こいつの料理は旨すぎるのだ。何ならそんじょそこらの店で出される物よりも数倍は美味しい。
そんな学校の男子たちが喉から足が出てくるほど食べたいであろう料理を、こいつは時々作りに来てくれるらしい。
「まあ、私で良ければ、ですけど……」
「嫌じゃないです。何なら頼みたいぐらいです」
「ふ、ふふっ!分かりました。じゃあ、私で良ければまた作りに来ますね」
「ああ、頼むよ」
「じゃあ、まずは朝ごはん食べちゃいましょうか」
「そうだな。相変わらず料理上手いよなお前」
これでしばらくは俺の健康は保たれそうだ。
そう思いながら出された料理に手を伸ばす。
「なんだよそんなニマニマして?」
「いえ。先輩って意外と簡単かもって思ったんです」
「何が簡単なんだよ?」
「……ふふっ。内緒です」
「ま、いいけどさ。俺はこの料理が食えれば今んとことは幸せだよ」
次々と料理を口に運ぶ。普段はそこまで食べる方ではないはずなのに、白宮の作った料理だけはなぜか手が止まらない。
白宮はぼそっと「そういうのって、ずるいです」と呟いたものの、料理に夢中の奏汰には届かない。いつもの少し膨れた顔で奏汰を睨む白宮。
「なんだよ?」
「いいえ、なんでもないです!」
「はぁー?まあ、いいけど」
(なんで少し不機嫌そうなんだよ?何かしたかな俺?)
何もわかっていない奏汰はしばらく機嫌の悪い白宮に睨まれ続ける。
居心地の悪さを感じながらも、少し食い意地の張った奏汰は見事、料理を全て平らげて、結果それで少しだけ白宮の機嫌は良くなるのだった。
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