11 『理想の後輩』は料理の腕も理想的
外から雀の囀りが聞こえてくる。まだ少し体は怠く熱もあるが、それでも昨日よりは大分ましになっている。
そんな半覚醒状態の俺の鼻孔を質素で、それでいてどこか懐かしく安心する美味しそうな匂いがくすぐって来る。
鼻から大きく息を吸う。すると肺の中にまでその幸せの香りが広がっていき、俺の心も体もとても満たされていく。
(あーいい匂いだ。こんなの、そう言えば久しぶりに……ん?そう言えばなんでこんな匂いが?)
その瞬間、半覚醒状態だった俺の意識は完全に覚醒し現実に戻って来る。
(なんでこんな匂いが!?どうなってんだ!?)
体の怠さも熱も、そんなものは感じることなく、俺は体調の悪さをベッドに置き去りにして一階へと降りていく。
(まさか火事か?でも、それなら火災報知器機が鳴る筈で……)
事態を良く掴めない俺は、少し長めの廊下をすっ飛ばして走って来る。
そして、恐らく匂いのもとであるキッチンへとたどり着き、
「あ、先輩!おはようございます!」
「……へ!?」
そこで思考が完全に停止する。
目の前に広がっていたのはごうごうと音を立てて燃え上がるファイヤーなキッチン。ではなく、ジュージューと音を立てて何かを焼いているフラパンに、モクモクとこれまた美味しそうな香りを漂わせる鍋がある。そして手には箸を持ちながらフライパンの中の何かを調理している女子の姿。
「あれ?なんでお前が……ってあれ?」
少し混乱する頭を精いっぱい働かせる。
(俺は昨日……そうだ、学校で倒れて……気が付いたら家で)
そこから田中さんの事や柾との通話。そして、白宮が泊ったことを思い出した。
「あ、そうだった。すっかり忘れて……!?」
そこで突如強烈な眩暈に襲われる。目の前が大きく揺れて、まるで地震が起きているようだ。
「あ、ちょっと先輩!?」
その様子を見ていた白宮は慌てて俺の元へきて俺の腕を自分の肩に回す。
「さっき熱測ったら高かったですよ?まだ動いちゃいけないです!」
「熱測ったのか?」
「……あ、いえ、その体とかは見てません!その、腋に少し入れただけというか」
「いや、別にそれは良いけど。男の体なんて見たって何にも面白くないだろうし」
しかも俺なんて細すぎていろんなところが骨ばっているから尚更面白くない。が、そこまでムキムキな体になりたいとも思わない。とは言え流石にこの体は不健康なので少しは運動もして適度に筋肉もつけなければならないのだが。
「それにしても旨そうな匂いだな?」
「はい。昨日先輩が冷蔵庫のもの好きに使っていいって言ったのでそれでご飯作ろうかと思いまして。あ、もちろん先輩の分も作ってありますよ」
「ありがとう……」
朝起きて、キッチンを見てみれば朝食を作る女子の姿。それはいつも見る制服姿ではなく、恐らく客間に置いてあった何枚かの洋服を着こなし、その上からエプロンを着ている。
(やばい。普通に可愛い。ああ、学校の奴らもとい柾が言ってたのはこういう事だったのか。確かに、これは可愛すぎる。これは勘違いして告白して黒歴史を作る奴が後を絶たなそうだな)
その料理姿は言っては何だが、新妻感が溢れている。新妻なんて見たことないけど。
だが、それを彷彿とさせる圧倒的ビジュアル。いつもは後ろに流してある髪の毛は、料理のためなのか後ろで少し大き目なお団子が可愛らしく乗っかっている。
「……」
「先輩?」
「あ、いや、なんでもない」
(こんなの、朝からみせられてなんでもないわけないだろ!)
可愛すぎて叫びたい。こういうのは好意抜きに考えても、十分男の本能を刺激してくる。可愛いものはどうあっても可愛いのだ。それを否定することは出来ない。
「先輩は病みあがりですし、完全に回復してはいないので、取り敢えずお粥を作ってみました。お口に合うかわかりませんが。もう一つ卵焼きも作ってみました。消化にいいようになるべくふわふわに柔らかく作ったのでこれも食べれると思います」
食器にお粥と、卵焼きを乗せていく白宮。
「えっと、これ、食べていいのか?」
リビングのテーブルについた俺はそう差し出された料理を指さす。
(俺が、あの白宮の手料理を?しかもなんか凄い。お粥が光ってんだけど?)
まさか、そんな贅沢があっていいのか?少なくても学校の男子たちが知ったら間違いなく俺は制裁を受けることになるだろう。
「そのために作ってみましたので。それとも食べたくありませんか?」
「いいや、寧ろ食べたすぎて涎が出て来るんだけど……まあ、いいなら頂くけど」
両手を合わせて「いただきます」と白宮に聞こえる声で呟く。すると白宮も「はい。どうぞ召し上がれ」と笑顔を浮かべる。
その顔を見て少し居たたまれなくなり、お粥を口に運ぶ。
口に含み、何度か咀嚼し、そして呑込む。
「う、うまい!」
「そ、そうですか?」
「うまい、うまいぞ!何だこれ?お前やばいな。多才だとは聞いてたけど、まさかこんなことまで……」
「そ、そこまで言われたのは初めてですけど、気に入ってもらえたみたいで何よりです!」
「なんだ、これ。この米なんて、お粥なのにしっかりふっくらとして、出汁も良く効いてる。お粥なんて自分で作った半分お茶漬けみたいのしか食べたこと無かったけど、これはもう、比べ物にならないというかまさしく次元が違うというか俺のものと比べるのもおこがましいくらいで……」
どれだけ言葉を尽くしても尚、その料理への称賛は終わりそうにない。これ以上言ってたらそれだけで日が暮れそうなので作った人間を褒めることにした。まあ、こっちも凄い褒めるんだが。
「お前、こんなのどうやって?でも、そうだな。こんなの絶対練習しないと出せないよな?そう言えば結構話し方上品だし、さては良いところのお嬢様……でも、お嬢様って基本料理なんてしないよな?じゃあなんだ?いったいお前は?」
べた褒めだった。自分でも笑ってしまうくらいのべた褒めだ。
だが、この料理も、それを作った白宮もこのくらいの称賛じゃ足りないくらい凄かったのだ。
あの白宮の手料理、というだけでも凄いことなのに、それに加えてあそこまでの味だ。
「お前、これ店やったら大行列もんだぞ?これできるってことは他も色々作れるのか?」
「まあ、家庭内で作れるものは基本なんでも作れますね。でも、ここまで褒められたのは初めてで……その、喜んでもらえたようで良かったです」
「喜んだどころじゃないだろ?これは、ほんとにやばい。もう、こんなの食べれるとか俺は幸せで泣けるわ」
「そ、そこまでですか!?」
「何言ってるんだ。当たり前だろ?」
俺は今まで結構うまいもんは食べてきたと思う。昔は良く母さんの料理を食べては世界一だと称賛していた。でも、今日。その一番が更新されたかもしれない。
「今まで食べた中で一番美味いな。それに、この卵焼き。ふわふわ過ぎて怖いわ。噛んでもなんかまるで溶けてるみたいだし。どうなってんだ?」
それからも俺はそれらを交互に食べていく。
やがてお粥は皿からすっかり消滅し、卵焼きも三分の二がなくなった。
「ごめん、卵焼きはお前も食べたかったよな。つい食べ過ぎて」
「いえ、あそこまで美味しそうに食べてくれるなら私も嬉しいです」
「本当ならお代わりしたいんだけどな」
「それは駄目です。流石にまだ熱もあるのでそんなに食べてはいけません。でも、食欲も戻ってきたようで何よりです」
「もう熱も下がってそうだけどな」
「それでも大事を取って休んでください」
そう言って俺は背中を押されながら寝室へと戻って来る。
「じゃあ、熱測ってください。私は後ろ向いてましょうか?」
「いいや、別に服拭ぐわけじゃないし良いだろ」
服の寝間着のボタンを少し開けて、脇に体温計を挟む。
そのうちピピッ!と音が鳴ったので体温計を取り出す。
「37.2度、ですか。さっきよりも下がりましたけど、でも微熱ですね。もう一回くらい寝れば熱も引きますね」
「なんか、何から何まで悪いな」
思えば、この前まで邪険にして、数か月もの間距離を取っていた。その筈が立った一度、ほんの少しの些細な出来事で、なんとここまでいろいろとやらせてしまっている。
(なんか、今までさんざんな対応してたのに……なんか俺凄い悪い奴みたいじゃね?)
「その、なんだ?えっと……ありがとう、白宮」
「!!……良かった、です。先輩、元気になって」
やっぱり、どこか今までと態度が違う。主に話し方が違う。でも、別に違和感はなく、寧ろこっちが素なのだと気づく。
「お前、話し方今の方が良いぞ?」
「え?話し方……あ!!」
「別に直さなくていいし、何なら俺は好きだ」
「す、好きですか!?」
「あ、いや深い意味はないぞ?ただ、今の話し方の方が、お前と話してるって感じがして、だから」
「分かりました。なら、先輩にはこの話し方でいますね?」
「ああ。そっちの方がやっぱり……」
可愛い、なんて言えるはずもなく、俺は布団に入って白宮に背を向ける。
「ふふっ。じゃあ、私はまた下で色々やることがあるので、そうですね、お昼ごろにまた来ます」
白宮はそう少し弾んだ声で部屋を出る。
(あれ?そう言えば今日って金曜だよな?あいつ、俺の世話するからわざわざ……はぁー。全部終わったら礼を言う相手が多すぎて困るわ)
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