10 『理想の後輩』は考えてたよりも可愛らしかった。

 「先輩、顔が凄く悪そうですけど、何するんですか?」

 「普通に柾を呼び出すんだよ」


 俺からのスマホであることを確認したからこそあいつは即切ったのだろう。

 恐らくここに白宮を連れてきたのもあいつだろう。以前、俺が教室に戻った後もあいつは白宮と話したらしい。その時不気味な笑みを浮かべて帰ってきたことからも、あいつは恐らく俺たちの今の状況を邪推して俺からの着信を切ったのだろう。しかも、あくまで無視ではなくだ。


 白宮のスマホに柾の番号を入れて、柾にかける。

 もしかしたらこれが俺だとバレる可能性は高いかもしれない。

 それでも一応は白宮からなら通話をすぐに切ることはしない。声を聞いて判別してから聞くだろう。


 「白宮、ちょっとしたサプライズだ。あいつと最初一言で良いから会話しろ」

 「え?坂本先輩と?」


 驚く白宮に電話を渡す。少し驚いてはいるが、一言何か言って柾の注意を逸らしてくれればいい。


 数秒後、ようやく出た柾に白宮は「あ、えっと夜分にすみません。白宮です」と話始める。

 俺はそれを聞いて、白宮に無言でスマホを渡すように手を伸ばす。少し怪訝そうな顔をされたが、ここから少し面白いので音量をMAXにして白宮にも聞こえるようにする。そして電話口から聞こえてきたのは、いつも通りの気楽な柾の声だった。


 『ああ、白宮さんか。何だ、奏汰が白宮さんのスマホでかけて来たのかと思ったよ。

 それで?どう?うまくいった?あいつあれで結構素直だからいろいろやってあげたっていうと結構心開いてくれるんだよ。俺としては二人がくっついてくれれば色々楽しいなぁ、なんて思ってさ。あいつに彼女が出来たらどうなるのか、とかさっきも秋葉と盛り上がっちゃってさーいやぁーはっはっは!」

 『……』

 『ん?あれ、白宮さん?どうかした?それで、どう?あいつの反応は?もしかして結構進んだ感じ?』

 「……関節技とドロップキック、どっちが良いか選べ」

 『え?そ、その声は!?』

 「俺としては鼻からパスタでもいいけどなぁ」

 『いやー、ハッハ。さっきのは冗談だよ。秋葉となんて盛り上がってないし、お前たちのことについて妙な誤解も一切してないよ?』

 「なんで電話を切ったのか話を聞こうか?」

 『それは、そのー。お楽しみかな?な、なんてね?』

 「なるほど。良く分かった。今度お前には激辛の刑な?近くのパスタ屋。あそこの激辛パスタが凄いらしいんだよ。なんでも舌が三日くらいおかしくなるとか。お前には鼻で食ってもらおうか。一週間は味覚も嗅覚も剥奪してやるよ!」

 『すみません俺が悪かったです許してください!あ、でも今の二人の展開はどうなってるのかは聞いていい?』

 「はぁー。お前には蜘蛛の詰め合わせを送ってやるよ」

 『本気ですみません。ごめんなさい。蜘蛛だけは勘弁してください!』

 

 電話越しにも土下座をしている光景がまざまざと浮かんで来る。

 声音も結構ガチだ。こいつは結構な虫嫌いだし、中でも蜘蛛は特に嫌いらしい。前に聞いた話ではゴキブリと蜘蛛ならまだゴキブリの方が良いらしい。

 

 俺も虫類は苦手だが、家に出た蜘蛛くらいなら一人で処理できる。

 だが、柾はそれすらも出来ない。この前もうちに泊まりに来た時なんかは「いやぁぁぁー!!奏汰!蜘蛛、蜘蛛がいるって!風呂だよ風呂!!やばい、俺殺されちゃうって!!」なんて発狂していたぐらいだ。こいつ相手には蜘蛛ネタで脅せば何とかなるとその日に学んだのだ。


 「そんなことより、お前に一つ頼みがあるんだよ」

 『蜘蛛を引き合いに出さないなら聞ける範囲で……』


 少しテンションの下がった声でそう言う柾。

(いつもこのくらいのテンションでいてくれれば楽だな。なんなら蜘蛛飼ってこいつへの脅しの材料にでもするか?)

 親友泣かせな考えを本気でしようか?などと考えながら本題に移る。


 「別に難しい事じゃない。白宮がこれから帰るんだ」

 『そうですか』

 「だからお前に送ってもらいたいんだ」

 『無理だ』

 「は?なんで?」

 『だって俺お風呂入ったしー。それに、ねぇ?』

 「お前が来ないとこいつ帰れないんだけど?」

 『いいじゃん帰らなくても。お前は送れない。俺も送りたくない。秋葉に頼もうにも秋葉も女子であることに変わりはない。だったら、もう選択肢は一つだろ』

 「なんだよ?」

 『泊めてやればいいのさ!美少女とのお泊りイベント!それは男のロマンだろ!?』

 「馬鹿野郎!そんなこと出来るか!?というかまず白宮は嫌が、」

 『ってことで寝るな。おやすみ、マイフレンド!!』

 「おい、ちょ、まっ!!」


 俺の静止は柾に届くことなく、部屋にはツーツーという電子音が響いている。

 

 「あいつには今度しっかりとお返ししないとな。今日の礼も含めて……」

 「せ、先輩?なんか怖いですよ?」

 「そうか?俺はいつもこうだろ」

 「いえ、先輩はいつももう少しのぼーんというか無気力というか」

 

 (失礼な。俺だって好きで無気力でいるわけでは……いや、好きでいるのか。なら何も間違ってないか)

 とは言っても、流石に柾の行動は看過できない。俺には出来ない!の一言で良いものの、面倒な提案をしてくれたおかげで白宮を帰すに帰せなくなってしまった。


 「……」

 「そんなジッと見つめられても……」

 「……はぁー。ま、お前がいろいろやってくれたみたいだし、嫌じゃなければここに泊まるか?」

 「え?でも、先輩は……?」

 「お前だろ?この頭のやつ」

 

 俺の頭にはこの家には置いていないはずの冷却シートが貼ってあった。

 田中さんは特にそういったことはしないだろう。柾はすぐに帰った。なら、やるとすれば白宮しかいないわけだ。


 「それは、えっと、ここに無かったのでコンビニで買ってきて。タオルでも良いかな、とは思ったんですけど、でもそれだとあまり冷えないだろうからと思って……嫌でした?」

 「全然。むしろ助かった。なんかお前に気を遣わせたみたいだし、これから帰るのは危険だしな。

 一階に客間があるからそこを使ってくれ。着替えは、使ってないお……母さんのがあるからそれ漬かってくれていいよ。新品だから、それなら大丈夫だろ?」

 「え?あ、はい」

 「俺はまだ少し怠さがあるからまだ寝てるよ。風呂も適当に使ってくれていいし、腹が空いたなら適当に冷蔵庫のもの使ってくれて構わない。 

 あ、でもキッチンの一番左の戸棚は開けないでくれ」

 「どうしてですか?」

 「どうしてもだ。俺の大切なものが入ってるから」


 別に見られても困る物、でもないが、流石にあの大量のカロリー○イトの山を見られるのは少し恥ずかしくもある。生活破綻者だということが一目でわかるいわば証明書みたいなものだからだ。


 「分かりました。何から何までありがとうございます」

 「まあ、今日はそれを言うのは俺の方だ。その、色々とありがとう……」

 「はい、どういたしまして!」


 教室で見たあの小悪魔めいた悪そうな笑みはなく、その顔は、とても晴れやかで心からの笑顔なのだと一目でわかる。


 白宮は「しばらくしたら様子を見に来ます」と言って扉を閉めた。

 家に上げたのは初めてだし、もしかしたら何か家にされる可能性もゼロではないのかもしれない。そういうことを考えた場合、俺は今かなり危ない事をしてるのだろう。

 (でも、あんな笑顔みせられたらなぁ。いや、別に隙になったとかではないけど……可愛いなちくしょう!)

 

 家の中には学校一の美少女。『理想の後輩』なんてあだ名までついた完璧な男の理想の体現者。

 それが今俺にだけ笑顔を、それも恐らくを向けた彼女。


 今も心臓は痛いぐらいに高鳴って、まるで外にも聞こえそうな勢いだ。

 (そう言えば、あいつって結局俺の事好き、なのか?)

 そこではっきりとは告げられなかった彼女の想い、そしてさっきの彼女の話の続きが気になる自分がいる。

 (別に、あいつになんてこの数か月興味もわかなかっただろ。でも、まあ……優しい奴だってのは分かったか)


 色々と謎は多い白宮祈莉という女。

 それでも、今日の彼女には助けられた。危うく病院に送られる羽目になってたであろう俺を家まで送り、多少の世話を焼いてくれたわけだ。


 今まで見ていた学校での白宮祈莉はもう少しとっつきにくいお嬢様、という感じだったが、今はそこまでではない。

 (あれ?そう言えば教室での口調とさっきまでの口調なんか違うよな?これくらいなら明日聞いても良いのか?)


 ハッ!とそこで彼女の事ばかりが頭に浮かんでいることに気づく。

 自分はいつからそんなに彼女の事を?と考え、その後心を鎮めるためにゆっくりと瞼を閉じる。


 (戻るんだ、いつもの俺へ。知ってるだろ、そんなことを考えるのすら烏滸がましいってことぐらい)

 だって、俺は……


 それが、俺の……

 

 俺はそこでやっぱりさっきの白宮の笑顔を思い出す。


 (なんだ。普通に可愛い女の子じゃねーか!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る