08 『理想の後輩』に脅されました。
学校から帰ってきて、俺はしばらく動けないでいた。授業全てを寝たとはいえ、やはりしっかりと眠らないと疲れは取れないらしく、結果として体は凄く怠いままだ。
「でも、これが終われば、ゆっくり寝れる……原稿を出して……」
昨日印刷して、封筒に詰めた原稿を、俺は自室から持ってこようと家の階段を上る。そして、自室の引き出しやら、収納やら、果てはベッドの下も探して……
「ない?」
そう。どこにも原稿が無いのだ。別に、無ければ無いで印刷しなおせばいい。まだパソコンにはデータが残ってるし、生憎と俺の部屋には自分で買ったコピー機もある。
「別にやろうと思えばやれるが……てかそうじゃないだろ!?」
問題はそうじゃない。別になくなったことに関してはどうでもいい。無いなら無いで何度でも刷ればいいのだが、問題はもっと深刻だということに気が付いた。
「どこで、失くした!?」
そう。そこが問題なのだ。そのまま可燃ゴミとして出しちゃった、いっけね!とか馬鹿みたいなミスならば笑って済む。が、笑って済まない場合もある。
例えば……
「まさか、学校!?」
確かに、朝は寝ぼけていたし、最近日常的になってきたギリギリ登校。そのため手に着くものを片っ端から鞄に詰め込んで家を飛び出したわけだ。が、もし仮に学校に持って行ったのなら、鞄に入ってるのでは?
そう考えて鞄を逆さにしては、原稿の入った封筒を探す。茶色で、原稿数百枚の入った厚めの封筒。
そこでとある茶封筒を見つける。それは学校から渡された奨学金案内の封筒で、
「いや、違う。そう言えば……」
そう言えば、学校でもう一つ机の中に封筒がもう一つあったのだ。
てっきり学校から渡されたものかと思って、面倒だからそのままにしたもう一つ。何なのかあまり良く見えなかったし、触って確かめもしなかったが、
「ということは……!?」
マズイ。かなりマズイ。何がマズイか?まず、学校というところが最悪だ。そして、ラノベの原稿を持っていることが他生徒にバレれば色々と面倒ごとが起こるかもしれない。そして、学生のネットの拡散能力と言えばそれはまあ、凄まじいもので、それが意外なもの、面白いもの、衝撃的なものであれば翌日には世界中へと拡散され、俺の個人情報ごと世界中にばらまかれてもおかしくない。
流石にそこまでは考え過ぎだろうと自分では思うものの、それでもやはり何があるか分からないのがこの世界で、結果、俺はすぐに学校へと全力で走って戻る。
全力ならば10分あるか無いかで着くその距離で、でも、流石にもう一時間も経っているので、どうなってるかは分からない。
「やっぱり、柄にもない事は、しない方が、良かったのか?」
走りながら一冊分のストックについて深く考える。
確かに、そんな慣れないことをしたからこそ、最近はこんなにも疲れ気味なのは言うまでもない。それが確実に今回の失態に大きくかかわっているのも疑いようのない事実だ。
だが、それでも、やはりあのもう一冊分ストックがあるというのはなんとも言えない安心感がある。
やはり、あれ自体は間違いではなかったのだろう。
「俺の、ペース配分、が悪かった、はぁはぁはぁ」
息を切らしながらもなんとか学校に着いた俺は下駄箱で上履きに履き替えると、じめじめして、べたべたするワイシャツをパタパタしながらリズムよくタタタッ!!と階段を駆け上がる。
(擬音うざいな)
教室の扉は開いていて、その窓も大きく開け放たれている。6月特有のジメッとした南風が窓から吹き込んでは、俺のこの悲惨な体と心にさらに不快感を吹き込む。
「くっそ。多分机の中にあるはずだ」
暑さと湿気でイラっとしながらも自席へと向かって行く。疲れもプラスされて、頭は既に結構危険な状態だ。家に戻ってからも水分もあまりとっていなかったので脱水症状っぽいものも出かけている。
「早く、早く帰らないと……え?」
机の中には帰りのホームルームの時に見たはずの封筒はなく、ただ空っぽな、勤勉さの窺える綺麗な机の空洞が広がっている。
「嘘だろ?じゃあ、あれは……原稿はどこに!?」
まさか忘れ物として先生が?だとすればありがたい事この上ないが、わざわざ人の机の中を確認するか?掃除中にでも机を動かした人が中身をぶちまけた、とかだろうか?それが一番妥当に思えて、でもそれだとやはり先生の手に渡ってるはずで、でも学校側からは連絡は一切ない。今も俺の携帯は鳴らないし、家にいた時も家の固定電話が鳴ることは無かった。
「じゃあ、一体どこに!?」
「先輩の探し物って、これですか?」
焦りと不安、そして少しの苛立ちと朦朧とし始める意識の中で、その声ははっきりと俺の耳に届くのだった。
傾いた日は17時近いこの教室を暖かな光で淡く照らしている。
教室の後ろの扉には、ここ最近で見知った白宮祈莉が手に例の封筒を俺に見せつけるように立っている。
よりにもよってこの女に見つかるとは。というか、(なんで俺の机漁ってんだよ!?)と思ったものの、帰りに見たあの表情はそう言う事だったのだと今更ながらに気が付くのだった。
「おい白宮。それはおもちゃでもなければ遊びで書いたものでもないんだ。それが無いと俺は今日また怒られるんだ。だから返してくれないか?」
「これ、見させてもらいました。ネットで調べましたよ。先輩、
「な!?」
なんて行動力だろうか?あれだけでそこまで調べ上げるとは。しかもまだ小一時間くらいしか経っていない。そして何より、その短時間でこの数百枚にも及ぶ原稿をあらかた読み終えて、調べるための情報を拾うくらいにはしっかりと読み込んでいるのに少し感嘆する。
「私、こういうのあんまり読まなかったんですけど、でも、結構面白かったです。ここじゃない世界の話なのに、こんなにハラハラドキドキしたのは初めてです。先輩、最近調子悪かったのってこれ書いてたからですよね?」
もう取り繕ってもバレてしまっている以上は何の意味もない。ならば、返してもらえるように努力するしかない。
「そうだな。だから、そんなに頑張った俺の原稿なんだ。だから、返して欲しいんだが」
「そうですね。でも、飛翔先生がまさかの二年の佐々木奏汰だって知ったら、皆なんて思いますかね?」
「別に、こんなラノベなんて、知ってて精々が数十人とかだろ」
「でも、これを書いてるって、先輩は今まで隠してましたよね?それって、なんだか面倒なことになりそうだったからじゃないですか?」
確かに今まで作家なのは隠してたし、それを明かして面倒になるのも嫌だった。別にそれで何か起こるとも限らないが、何も言わなければ面倒ごとなんて何も起こらない。火のない所に煙は立たぬ、じゃないが、何も言わなければ何かが起こることも無い。
「なら、もし、ここで私がこの原稿と一緒に、学校中に先輩の事も載せたら、少し面倒そうですよね?」
「……この悪魔め。何が望みだ?金か?幾ら出せば返す?」
「違います。そんなお金なんて欲しくありません」
「じゃあなんだよ?」
こいつの要求がちっともわからない。何がしたくて、何が欲しくてこんなことをしてるのか。それが全く以てわからない。
「私が欲しいのは……」
彼女はそう言った瞬間右腕を人差し指に至るまでピシッと伸ばして俺を指さす。
その顔は夕日に照らされて良く見えなかったが、それでも、少し赤くなっているのは分かった。
「は、え?」
「だから……」
そのまま原稿を持ったまま俺に迫って来る白宮。後ずさろうとしても後ろの机に脚をぶつけてその場で悶える。すると、俺のネクタイをそのまま引っ張って、そのまま床に押し倒してくる白宮。
「あ、えっと、その……」
必死にその場から逃げようとするが、疲れや暑さ、軽い脱水症状に加えて今の状況に心臓がうるさいくらいに高鳴る。
「せーんぱいっ。もう、諦めた方が良いんじゃないですか?」
そんな小悪魔めいた声で、俺の耳元に囁いて来る。
俺の顎をくいっとして、頭から足先に至るまで身動きの取れない俺を、彼女は可愛らしい笑顔で束縛する。
俺の頭の中にはあまりにも理解の出来ないような情報が次から次へと流れ込んでくる。そんな膨大な情報に既に脳はオーバーヒート寸前で、体調の悪さから意識が朦朧とし始める。
そんなこととは露知らず、彼女はこれ見よがしにその原稿を俺に見せつける。
(というかなんだこの状況!?俺は大丈夫、大丈夫だ。靡かない靡かない。こんな女には……)
「それで脅してるつもりか?悪いが、俺は今時間が無いんだ。いつもの男泣かせなら他所で、」
「そうですか。なら、この素晴らしいものを、学校中に拡散しましょうか!」
可愛い顔して平然とそう言う彼女。その原稿を床に置いて、胸ポケットからスマホを取り出す。その仕草一つとっても高校生男子の俺には少し刺激が強い。
放課後の誰もいない教室。静まり返ったその空間に外からテニス部と思わしき連中の掛け声が聞こえてくる。
彼女のその色艶めいた仕草に胸はうるさいぐらいに鳴り響き、今も彼女にこの音が聞こえているのでは?と、つい焦ってしまう。
今も俺は床に尻を付いて上からは半ば覆いかぶさって来る彼女に今も身動きが取れないでいる。
今のこの状況によってもともと高くなっていたであろう体温はさらに上昇したように感じる。
凄まじい倦怠感と、眩暈を感じる。
(あ、やばい。目の前が、真っ白……に、なて……)
あまりの衝撃的な展開に、ついに脳はパンクしたらしく、俺はそのままそこで意識を失う。
「え、先輩!?あ、えっと……うわ!凄い熱!?これって……あ、そうだ、坂本先輩と鈴原先輩に!」
薄れゆく意識の中で白宮が俺を呼んでいる気がする。
(ああ、クソ。ここで倒れたら原稿が。それに早く帰らないと田中さんが……)
そこで今頃家に到着しているであろう担当編集さんのあの無言の圧を思い出す。
(まあ、でも……仕方ないか。だって、もう、意識……が……)
不意に、少し開いた瞳には、柾の顔が見えた気がして、
体から力が抜けていき、俺の意識は消えていった。
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