02 『理想の後輩』は今日も大変そうで

 「またやってるな」

 「あ?」

 「アレだよ、一年の白宮さん。今日もまた屍の山が築かれてるな」

 「あーそうなんだ」

 

 白宮しろみや祈莉いのり。その名前は俺でも知っている。俺達の一つ下の一年生で、この学校に入ってから約二か月、6月現在でおよそこの学校の100人ほどの男子がその屍を晒している。

 俺の目から見てもとんでもない美少女。しかもかなりの清楚系と評判らしく、学年問わず人気なんだとか。今日も彼女の周りには男女問わず多くの人だかりが出来ていて、話題の少女は今も笑みを浮かべている。


 「お前ほんと興味ないよな。あんだけ可愛いんだからもう少し興味持ってもいいのに。ほんとに男か?」

 「大丈夫だ。俺は男で間違いない。ただ、しっかりと現実が見えているだけだお前と違ってな」

 「このリアリストめ!いっそのこと告白でもしてきたらどうだ?振られても当たり前だから振られ得だぜ?」

 「なんだよその得?いらねーよ。ていうか別に興味もないしどうでもいい。空いてるんだから早く学食選べよ」

 「ほんとつれないよなぁー?ま、そう言うお前に限って彼女が出来たりするとかなり可愛がったりするんだろうけど」

 「それは、まず彼女が出来る未来が見えないってことで予想も出来ないな。淡い希望は抱くだけ損だ。そんな事ばっかり考えてるからお前は定期テストの点数が悪いんだよ」

 「うぐっ!それは突っ込まないでもらえるか?」


 そうは言うものの、柾のテストの順位はというと、300人はいる二年の中で150位台をウロチョロしている。悪くはないのだろうが、それでもど真ん中辺りを行き来しているのだ。しかも前までは100位台だったのに、秋葉という彼女が出来た途端これだ。きっとお熱い日々を送っているのだろう。

 俺たちがそんなことを話していると、まるでそれに合わせてきたかのように、その少女は現れた。


 「あー!まさ君だ!」


 柾の事を「まさ君」などと呼ぶのはこの学校でも一人だけ。

 柾の彼女で、かなりの美少女との呼び声高い鈴原すずはら秋葉あきはだ。

 こっちは少し大人しい印象のあの白宮とは違いガツガツした性格をしている。まあ、それでも女子としての範疇は崩さない。時たまに好奇心や冒険心が見えて、柾が実験台になったりしているらしいが、なんとも微笑ましい限りだ。


 「お、秋葉!こっちこっち!」


 柾の胸に飛び込んだ秋葉は柾の胸に頭をぐりぐりと擦り付ける。


 「このバカップルが!」

 「なにー?奏汰ってば羨ましいの?分かる。分かるよ!でも、奏汰だって素材は悪くないんだから磨けば彼女くらいできるよ!」

 「そうだぞ!お前は全体的に不健康そうなんだ。それさえ治せばなぁー。ん?そう言えば、お前いつも何食ってんだよ?この前はコンビニ弁当ばっかだったよな?」 

 「え、それは、その……」


 考えてみればここ最近碌な飯を食っていない。コンビニ弁当も少し高いし、わざわざ買いに行くのが面倒でほとんど食べていない。学食に来てはいるものの基本的にはサラダとスープだけしか頼んでない。


 「おい奏汰、昨日の夜何食べたか言ってみろ!」

 「……カロリー○イトだが、なにか?」

 

 皆大好きバランス栄養食。大学受験の応援CMにもなっている超有名スティック型携行食だ。しかも100円で二本も入っているコスパの良さ。だから最近はついつい買い込んでは夜中に腹に流し込んでいる。


 「だからお前はそんなに不健康そうなんだよ。お前体重何キロだっけ?」

 「おい、ここでそれを言ってもいいのか?」

 

 俺は柾の隣の秋葉に聞く。

 自慢じゃないが、俺は恐らくそんじょそこらの女子よりも軽い自信がある。

 女子って体重を気に掛けるらしく、自分よりも背の高い男子が自分より軽かったら無理なダイエットをしそうで怖い。


 「いや、流石に私より低かったら逆に心配になるからね?身長170台でしょ?奏汰」

 「まあ、そうだが」

 

 俺の身長は170ピッタリだ。中学一年生でやっと来た初めての成長期は二年には終わっていて、結果今の俺は170で身長は少しずつしか伸びていない。

 

 「それで、体重は?」

 「……48ですが?」

 「48!?いや、奏汰軽すぎだよ?流石の私もドン引きだよ!?」

 「お、お前。それで良く生きてたな?軽い栄養失調じゃねーか!?」

 

 凄く可愛そうなものを見るような目で俺を見る二人。確かに、俺ですらこの体重は少しやばいとは思っている。が、それでも夜に何かを食べようと思っても食べられないため、結局はかのチョコ味のバーに手が伸びてしまう。結果、この有様だ。


 「これは、うん。彼女でもなんでも作ってご飯でもなんでも作ってもらわないと、流石にやばいよ?よし、作ろう彼女!私いい子紹介しようか?」

 「奏汰、俺はお前に早急にそう言う相手を見つける事を勧めるよ。この際は家族でもいい。俺はお前が心配だよ。だから、な?作ろうぜ、親密なガールフレンドをさ!」

 「やかましいわ!ていうか自分の健康状態くらい自分でしっかり保てるっつうの。ほら、さっさと席座れ。俺は早く食って早く教室に戻りたいんだ」

 「お前が健康状態保てるって、それはもう出来ないってお前の体が証明済みだろ。やれやれ。お前が男か、それ以前に人間かすら怪しくなってきたな」

 「そう言えば白宮さん今日も凄い人気だね」

 「そうだよな。彼女持ちの俺からしてもかなり美少女だと思うんだけど、でも奏汰は全く興味が無いんだって。不思議だろ?この際爆砕してもあまり影響の少ない白宮さんに告白するのもありだと思うんだけどさぁ」

 「そうだよね。奏汰、そんなこと言ってても、可愛いとは思うんでしょ?」

 「そりゃあ可愛いだろうな。でも、それまでだろ?それ以上は何も感じない。あんなのは俺なんかが届く相手じゃない。そう思えば自然と何も感じないって」


 俺は感じるままにそう告げる。実際、白宮はかなり可愛いし美人なのだろう。清楚な感じで男子からの人気は凄まじい。つまり、万に一つも可能性はない。そう考えれば自然と彼女にそういう感情は沸いてこない。とある名著にあった名言にもそんなことが書いてある。

 希望は持たず、現実をしっかりと見るのだ。俺なんかが恋愛に現を抜かす余裕はないのだから。

 第一彼女を作るにしたって全校生徒の憧れの的である白宮に俺が告白するのは、かなり違う気がする。


 「奏汰、頭は一応良いんだからワンチャンあるってのに」

 「頭は別に良くないし、お前が秋葉といちゃつき過ぎなだけだ」

 「だってよ、まさ君。私たちラブラブだって!」

 「自慢じゃないがそれに関しては当然だろ!なんせ俺は秋葉大好きだからな!」

 「もう、まさ君たら!」

 「なんか、ほとんど食べてないのに胸焼けがするのは俺だけか?」


 目の前のいちゃつきを見ていたせいでサラダとスープしか入っていないはずの俺の体は胸焼けを起こしている。


 それからしばらくして食べ終えた二人と一緒に食器を返しに行く。

 その間も話題の白宮の周りには複数人の女子がいて、今は楽しくお食事中らしい。あの笑い方に少し違和感を覚えた俺は少し白宮の方を見つめる。あくまで気づかれない程度にだが。


 「お、なんだ。流石の奏汰でも白宮に興味が出たのか?」

 「いや、少し変な笑い方をしてた気がして……気のせいか」

 「変な笑い方?」

 「奏汰って結構変なところに注目するよね?そんなに考え方偏ってるとモテないよ?」

 「やかましいわ!それに別にモテたいとも思わないし良いんだよ」


 別にモテたいとはあまり思わない。確かにモテるのは良いものなんだろう。それでも基本一人でいることが好きな俺にとって、モテたりするのは行動が制限されそうで窮屈そうだとも思う。

 モテたことはないので分からないが、それでも持つものは持つものできっと苦労があるだろう。

 モテない男の持論を脳内で展開しながら俺たちは教室へと戻っていく。その途中、やはり白宮のあの笑い方が気になった。


 白宮の笑い方について、やはり俺の中には少し違和感が残っていた。あの白宮の笑い方。あれはどこか普通の笑い方とは違くて、結局それが何なのかは分からなかった。


 最後にこの場を立ち去る際、彼女と目が合ったような気がしたが、俺は特段構うこともなくその場を後にする。


 こうして、今日も平和な一日は過ぎ去っていく。

 平和って素晴らしい。平穏って素晴らしい。何も考えない時間というのは、何物にも代えがたい宝の一つだと俺は考えている。


 ま、やっすい宝だと嗤ってくれればいいさ。俺はその安い宝が何よりも大切だと思うから。

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