うちの高校の『理想の後輩』に段々と骨抜きにされていく話

御手 御間割

01 始まりは平穏そのもので

 「せーんぱいっ。もう、諦めた方が良いんじゃないですか?」


 佐々木ささき奏汰かなたは、この日人生初めての窮地に陥っていた。


 俺の顎に手を置きながら薄く微笑む目の前の少女、うちの高校で『理想の後輩』と呼び声高い白宮しろみや祈莉いのりは顎を持つ手とは反対の手で、俺の社会的生死に関わる物をこれ見よがしに見せつけて来る。


 「それで脅してるつもりか?悪いが、俺は今時間が無いんだ。いつもの男泣かせなら他所で、」

 「そうですか。なら、この素晴らしいものを、学校中に拡散しましょうか」


 そう言ってそれを床に置いて、胸ポケットからスマホを取り出す。その仕草一つとっても高校生男子の俺には少し刺激が強い。

 放課後の誰もいない教室。静まり返ったその空間に外からテニス部と思わしき連中の掛け声が聞こえてくる。

 彼女のそのいちいち色艶めいた仕草に胸はうるさいぐらいに鳴り響き、今も彼女にこの音が聞こえているのでは?と、つい焦ってしまう。

 今も俺は床に尻を付いて上からは半ば覆いかぶさって来る彼女に今も身動きが取れないでいる。

 体は熱く、既に意識は朦朧とし始めている。これだからこの時期は嫌いなのだ。


 どうしてこうなった?大体、なんで今俺はこの学校一の美少女に言い寄られているんだ?

 この前まで、何があっても何も思わなかったその少女。毎日いろんな人に囲まれて、それでいてどこか何かを装っていた彼女。

 確かにお世辞抜きでも、何があっても、基本的に人々の美に対する基準がそれぞれだったとしても、満場一致で可愛い。綺麗だ。と言われるであろうぐらいに完璧で整った容姿をしている目の前の彼女。


 どこからともなくふわっと甘い香りが鼻に届いて、その彼女の仕草一つ一つをとても意識してしまう。

 才色兼備で文武両道。初めての中間テストでも見事全教科満点を叩きだす紛れもない才女。

 

 俺はこの日、自分の失態を改めて呪う。

 こんな奴にとんでも無いものを握らせてしまったと、もっと細心の注意を払うべきだったのだ、と。


 彼女の顔が、互いに息のかかる距離まで近づき……


 どうしてこんなことになってのか?

 俺はここ数か月の出来事を細かく思い出す。






 ――――――


 「よっ、奏汰。相変わらずの酷い顔だな?」


 教室に入ってきては開口一番に俺の顔を馬鹿にするのは、俺の数少ない学校での友人である坂本さかもとまさきだ。


 「流石は女子におモテの柾様だ。朝っぱらから言う事が違うな。顔が酷いとか、俺じゃなきゃ喧嘩になってるぞ?」


 俺は皮肉交じりにそのイケメンに言い返す。

 そう、こいつは俺とは違い、女子に人気ないわゆるそっち側の人間だ。暗黒面ダークサイドに誘われて早数年の俺とは本来住む世界が違うような男だ。


 「はー。ほんとお前ってテンションが低いよな。まあ、そこが気兼ねなく話せていいんだけど」

 「何を言ってるんだ?お前はあそこで女子に囲まれている結城ゆうきに混ざるべきだろう?」

 「いやいや。俺が混ざったら秋葉あきはが悲しむだろ?そんな裏切り、俺には出来ねーよ!」


 わざとらしく少し暑苦しい演技をする柾に、俺はいつもの様にジトっとした目を向ける。

 こいつはもう既に俺とは隔絶したステージにいる。そう、彼女なる勝ち組だけが持つことを許された交際相手がいるのだ。そのイチャイチャ具合といったら、見ているこっちが胸焼けしそうなほどである。長年そんなものとは無縁だった俺からしてみれば、その関係はとても理解できるものではない。


 「あーあ。お前もそろそろ彼女作んないのかよ?」

 「俺が彼女?作るわけないだろ?というか作れるわけないだろ。お前みたいに素晴らしいお顔を持っていたら今頃できていたんだろうがな」

 「まあ、お前の目はいつも通り腐ってるしな」

 「おう。言うに事欠いて腐ってるか?随分と調子に乗ってるな?泣くぞ!?」

 「いや泣くなって。でも、そうかー。まだ彼女作らないのか。その腐ってドロドロした底なし沼みたいな目と、前髪さえどうにかなればなぁ」


 今も好き放題言って来る柾にそろそろ辟易し始める。

 大体、俺なんかが彼女を作れたとしたらそれこそ奇跡だろう。

 今まで人を好きになったことは、恐らくあるのだろう。だが、それでどうにかしたいとも思わなかった。心のどこかでは無理だときっぱり諦めているからだ。


 「逆に聞くが、なんでそこまで俺に彼女が出来て欲しいんだよ?」 

 「え?そう言えばそうだな。でも、なんだろう。彼女っていいもんだぜ?お前だって半分一人暮らしみたいなもんなんだし、誰かいてくれるだけでもすげーいいもんだぞ?」

 「はいはい。惚気は結構だ」

 「それにこの前も秋葉がな、」

 「おい、もう始まるから席に着けよ」

 「えー!もっと話そうぜ!俺達親友だろー!?」

 「親友として警告してやる。次は世界史だ。この意味が分かるな?」

 「イエッサー!今すぐ席に着くのであります!」


 俺に敬礼してから笑いを浮かべて自席に戻る柾。

 これは余談だが、世界史の教師はとても怖い。何が怖いって、美人のあの無言の圧ときたら溜まったもんじゃない。和風ホラー特有の肌寒さすら感じる。ほら貞○みたいな。

 

 あいつの話は半分以上が惚気と自慢だが、俺への心配が入っているのも知っている。なんだかんだで俺の事を考えてくれる良い友人なのだ。親友ともいえるか。


 「彼女、ねぇ」


 柾の言葉を心の中で反芻する。

 だが、それでもやはり彼女を作るのは難しい。理由は幾つかあるが、まず柾も言っていた通り俺の顔では100%女子たちは逃げていくだろう。


 そして、もう一つの理由は……。


 考え事をしていれば学校の授業はすぐに終わる。彼女というものに関して考えを巡らせては見たものの、やはりと言うべきか俺にはどう考えても宝の持ち腐れ。しかも相手の事を考えて相手のために割く時間もないため、結局は叶わぬ甘い妄想として斬り捨てる。

 

 そのまま柾を連れて俺は昼食を食べに学食へと向かうことにした。

 まあ、碌なものは頼まないだろうけど

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